第8話

「二人で初めの一歩を」

夜の公園には俺と彩花の二人しかいなかった。
座ってボーっとしている俺に彩花が寄り添ってくる。
横目で見ると、周りにある街灯のぼんやりとした明かりでもはっきり分かるぐらい顔を赤くしていた。
(恥ずかしいならやめればいいのに…)
何か言おうとした時、先に口を開いたのは彩花だった。
「ね、ねぇ、智也…」
顔色に合わせるかのように口調も戸惑っていた。
「ん?」
「ど、どうして、黙ってるの?」
「う、うん、話のネタがないからかな…」
なぜか俺も戸惑っていた。
「ふ〜ん。ちなみに私が黙ってた理由は智也が何も言わないから」
「お、俺のせいか?」
何を焦ってるんだ俺は…。
「そうじゃないの。ただ、二人きりになってから黙っちゃってるし、もしかして私と二人きりになるの嫌だったのかなぁって…」
「…」
「何も言わないってことは、嫌なの?」
眠気が差したせいか、何も言えなかった。それで誤解されたみたいだ。
「違うんだ。ただボーっとしてただけ」
「ふ〜ん。ま、いいか」
そしてまた黙ってしまう。俺はいつの間にか眠っていた。

なんだか頭がフカフカする。目を明けると正面に涼しげな表情をした彩花の顔があった。
過去に同じ経験をしたため、膝枕をされてることはすぐわかった。
「おはよう。目、さめた?」
「…彩花、ずっと膝枕してたのか?」
「ったく、何も言わないからどうしたのかと思って見てみれば…」
「眠いものはしょうがないだろ?」
「そうね、もう終電の11時過ぎちゃってるし」
「い!?…ヤバいよそれ…おわっ!?」
ばふ!
慌てて身体を起こしたが、彩花に両肩を後ろから引っ張られて再び膝枕の状態になる。
「もう少し、こうさせて。…お願い」
彩花は澄んだ瞳で微笑みながら俺を見る。そして俺の前髪をそっと撫でた。
(今の俺達二人の間に言葉はいらないのかもしれない…)
そんなことを考えていると、急に何も見えなくなった。
そして、額の部分に暖かい感触を感じる。そして離れた…。
「あ、彩花!?」
「ふふ。これは私の今の気持ちよ」
彩花は顔を真っ赤にしながら言う。俺は彩花のいきなりの行為に戸惑っていた。
「この告白のやり方、どこかで…あ!」
「な、なに!?…もしかして、姉さんも同じように告白したの?」
「うん…よりによってこんなときに思い出すなんて…」
「私はかまわないわよ。今の一言で少しだけど、姉さんに近づいた気がしたから」
俺は何も言わずに身体を起こして席を立つ。
少し前に歩いて止まると、彩花が寄ってきた。
「どうしたの?」
「彩花…」
「なに?」
「俺、前向きになって、みんなの分も生きるって決めた。それは今も変わってない。けど、小夜美さんに何もしてやれなかったことがまだ頭に引っかかってるんだ。“小夜美さんが生きているうちに何かしてやればよかった”って…それが…ずっと…」
「智也…」
「その償いにってわけじゃないけど、彩花に何かしてやろうってのはいろんな意味で図々しいってみんな言うだろうな」
「普通はね。でも、それが姉さんのためじゃなく、私のためって言うなら違ってくるかな?」
「小夜美さんのためじゃなく、彩花のため…?」
「うん…姉さんのためじゃなく、私のためにね」
(…小夜美さんのためじゃなく、彩花のために…)
俺はこのとき、数日前から彩花のことが気になってたことを思い出した。
「智也…智也の今の気持ちを聞かせて」
「俺の、気持ち?」
「うん、何一つ隠さずにね」
斜め後ろに立っている彩花を見ると、真剣な表情だった。
いつもの俺なら嘘をつくか、一部隠したりしていたが、こんなことをしたら今朝交わした約束が嘘になると思った。
心の準備のために深呼吸をし、意を決して話した。
「俺は、さっきも言ったように小夜美さんのことが心残りだ」
この気持ちを今日まで抱えながら過ごしてきた。そんな中で少しづつだけど、彩花のことが気になりだした。
小夜美さんの妹としてか、一人の女としてかはわからない。
「これで全部…だと思う」
「だと思うって、どういうこと!?」
彩花が少し怒りを込めたような口調で聞いてくる。
「何一つ隠さずに話したつもりでも、まだまだあるんじゃないかって、忘れてる部分があるんじゃないかって思って言ったんだ」
「ふ〜ん…。ま、いいか。思い出したらそのときにでも話してね」
「わかった。…今度は彩花の番だぜ」
「え?」
俺の一言に彩花は目を丸くして言った。
「“え?”じゃないだろ?俺に全部話させておいて自分は何も言わないなんて不公平だぜ」
「はぁ〜ぁ…。しょうがないわねぇ…」
彩花はガックリと肩を落とした。
「しょうがないじゃないぜ。俺に一方的にさせておいて自分は何もしないなんて、そんなムシのいい話があるか?…さ〜て、話してもらうぜ、全部な」
このときの俺は悪戯っぽい表情だったかもしれない。
彩花は真剣な表情になって俺を真っ直ぐに見つめながら話し始めた。
中学の頃、同い年の付き合ってた恋人がいて、当時は恋人としての関係がずっと続くのだって思っていた。
だが、中学を卒業して高校に通うようになってしばらくした頃、突然彼氏から別れて欲しいと言われ、ショックを隠せなくてその日は一晩中泣き明かした。
「友達のおかげで何とか立直ったけど、街中を腕を組んで歩いているカップルを見る度に、あの日の出来事を思い出して…」
そんな中で、同じ悲劇は繰り返さない、そのために“恋人は二度と作らない”という決心をして澄空学園に転校してきた。
「でも、智也がいた…。最初に智也を見たときは何とも思わなかった。でも、何度も会って、姉さんの恋人だった人だとを知ったときから、“この人はどんな人なんだろう…何を考えているんだろう…”そんな好奇心が私の中に芽生え始めていた。結局、“恋人は二度と作らない”という私の決心は揺らぎ、智也のことを少しづつ気にするようになって、今は…」
途中で俯いて何も言わなくなったが、それから先は何となくだけど予想できた。
彩花はゆっくりと俺に歩み寄り、両腕を俺の背中に回した。
「もう、離れたくない…。ずっと一緒にいたい…。智也のことが好きだから…」
「彩花…。俺も…離したくない…。小夜美さんのことは忘れられないけど、彩花のことが…」
「それ以上言わないで…。言わなくても智也の気持ちはわかってるから…。だから、何も言わないで」
俺が言おうとしたことを彩花が止める。
俺はゆっくりと両腕を彩花に回してそっと抱きしめた。
「暖かい…。智也…。そのまま離さないで…」
しばらく抱き合っていた。俺達二人を見守るかのように、月の光が優しく照らしていた。
彩花は眼をゆっくり閉じて顔を近づけてきたが、これ以上のことはできないと勘弁してもらった。

・・・・・・。

それから1時間ほどして、家に歩いて帰ることにした。
俺の家は遊園地がある駅から一つ離れた駅から歩いて10分ほどしたところにある。彩花の家は更に離れたところにあるので、俺の家に泊めることにした。
歩いている間、お互い一言も交わしていない。俺の腕には彩花の両腕が絡まっている。
夏といえども夜は冷える。そんなときに彩花の腕の温かさは心地よかった。

そんなこんなで俺の家に着いた。
俺は先にシャワーを浴び、後で彩花も風呂に入った。
俺は自分の部屋のベッドに座っていた。
(ふぅ…せっかくはっきり(?)したのに、この居心地の悪さは何だ?)
そんなことを考えているうちに彩花が髪をタオルで拭きながら入ってきた。
「ありがとう。さっぱりしたわ」
そう言いながら俺の右隣に腰をおろす。
「そうか…ふわぁ〜ぁ」
左手を口に当てて欠伸をする。
「ふふ、スキあり〜♪」
「え?…うわ!」
ばふ!
俺は突然彩花に左わきに入れられた手で横に引っ張られ、膝枕をされた。突然の行為に体が火照りだす。
彩花は俺の髪を撫でながらゆっくりとしたテンポで歌を口ずさみ始めた。
「…消えた飛行機雲〜」
(ん?この歌、どこかで…ま、いいか…)
彩花の歌を聞いたあと、寝る準備をする。
「さて、と…」
「押入れから布団を引っ張り出してどうするの?」
振り向くと彩花はすぐ側にいた。
「俺、床で寝るから…」
「私は?」
「俺のベッドを使えばいいだろ?」
「それなら、一緒に寝たほうがいいでしょ?」
「な、な…」
大胆な発言に戸惑う。
「ん?何赤くなってるの?」
「だ、だって…」
「私と寝るのがそんなに嫌?」
上目遣いに見てくる。女の子の最強(?)の武器だ。
「い、いや、そういうわけじゃないけど…」
「なら一緒に寝よ♪」
え゛!!?

彩花は俺が用意した布団を押入れに片付け、俺の腕を引っ張ってベッドに無理やり寝かせた。
(変な気を起こさなければいいけど…)
俺はずっとそれだけを考えていた。
理性を保つのは双海さんの件でなれていたが、一つのベッドで、しかも彩花と一緒に寝るのは初めてなだけに戸惑いを隠せない。
彩花がそっとベッドに入って来る。俺は背を向けていたので音で判断した。
(このままの体勢でいれば何もしないですむな…)
そう思った瞬間、背中に暖かさを感じた。
(え!?…まさか…)
体勢を崩さないようにゆっくり頭だけを後ろに向ける。
(あ、彩花…)
彩花の体が俺の背中にぴったりとくっついていた。しかも、両腕を俺の首の周りに通している。
(本当に寝てるのか?)
などと考えていると、彩花はそれ以上の動きを見せなかったので本当に寝たのだと判断した。
(ま、明日の夜は一人になるからいいか…グゥ…)
いつの間にか眠ってしまった俺だった…。


8月3日


窓から差し込む光で目を覚ます。夜遅くに寝たせいか、まだ眠かった。
体を起こしてボーっとしていると、味噌汁の匂いがしてきた。
(ん?誰かいるのか?…あ!)
昨夜のことを思い出し、眠気が一気に吹っ飛んだ。
俺は着替えて台所に行くと、彩花が私服にエプロン姿で立っていた。
(そう言えば昨日泊まったんだっけ…すっかり忘れてた…)
そんなことを頭をかきながら考える。
「あ、智也、おはよう」
「おはよう。朝飯作ってたのか…」
「うん♪ちょっと待っててね♪」

しばらくして朝飯がリビングのテーブルに並び、向かい合うように座って二人で食べ始めた。

「ねぇ、智也」
「ん?」
彩花が話し掛けてきたので俺は手を止めて顔を上げた。
「今日はどうするの?」
「どうするのって、今日はバイトだ」
一言言って飯を口に入れる。
俺のきっぱりした一言で彩花はかくっとなる。
「あ、あら、そっか…暇だったらデートしようなかぁと思ってたんだけど…」
「うぐ!…そ、それより、親には連絡入れてあるのか?」
危うく喉に詰まらせかけた。
「うん、朝一番にお母さんから携帯にかかってきたからそのときにね」
「ふ〜ん…。俺、もうじき出かけるけど、彩花はどうする?」
(どうせ「帰る」って言うだろうけど…)
味噌汁を飲みながらそれとなく聞いてみる。
「そうねぇ。留守番でもしてよっかな?」
ブッ!
予想外の返事に思わずお碗の中に吹き出してしまう。
昨日と同じような俺のリアクションに彩花は同じようにくすくすと笑った。
そこへ…。
ソーラーシ〜ラーソ・ソラシラソレ#〜♪
テーブルの上に乗ってた俺の携帯から着メロが聞こえてきた。
「プッ、と、智也〜ふふふ…な、何なのそのメロディーは?…あははははは♪」
彩花は笑いながら聞いてきた。聞き終わったあと、こらえきれなくなって大笑いになった。
「信からメールがきたらすぐわかるように設定しておいたんだよ」
着メロは俺も最初の頃は笑ったが、今はもう聞きなれているので笑わなかった。
自分で入れておきながら聞いて笑うなんてのはおかしな話なのだろうが…。
とあるラーメンのCMで使われている曲。それをギャグ化したものだ。
「ふふふ…稲穂君が知ったらなんて言うかしらね?」
「そういえば、まだあいつには言ってなかったっけ…」
飯を食べながらいろんな会話をしていた。
彩花はさっきのメロディーを思い出すのか、時々くすくすと笑っていた。

・・・・・・。

「あ、もう時間だ。行かなきゃ」
俺は出かける準備をする。
「私、留守番してるから…」
「…そうか。じゃぁ鍵、渡しておくよ」
「ありがとう…」
俺が家の鍵を差し出すと彩花は顔を赤くして受け取った。
「出かけるときは戸締り頼むぜ。じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
彩花の笑顔に見守られながら俺は家を後にする。

・・・・・・。

歩きながら、信から入ってきたメールを確認する。
内容は「今日、どこかへ遊びに行かないか?」
(…)
俺は返事もせずにそのまま歩いた。

駅に着き、電車に乗る。
すると…。
レーミーミレミファソソ♯ソーソファソファミレミー・シドシラシー♪
…今度は普通に信からかかってきたときのメロディーだった。
聞いた乗客の何人かがくすくすと笑い出す。
あるコーヒーのCMに使われていた曲だ。ちなみにこれも自分で入れた。
放っておこうと思ったが、出なかったら出るまでかけてくると思い、携帯を手に取る。
「(しょうがねぇなぁ…)…もしもし?」
「おぅ、智也か?メール送ったんだけど、届いたか?」
「あぁ…」
「…なら返信ぐらいしろよなぁ…で、今日はどうなんだ?」
「…一昨日、電話で俺は何て言った?」
「一昨日…?」
「…忘れたのならそれでもいい。とにかく切るぜ」
「ま、待て!一昨日、お前何を言ったんだ?教えてくれないなら教えてくれるまでかけるぞ!」
信の焦りながらの一言に俺はゾッとした。
いくらなんでも電車の中であのメロディーが流れるのは、はっきりいってヤバい。
「わ、わかったよ。…一昨日の電話で、今日はバイトだと言ったんだ」
「あぁ、そうだったな。すまんすまん。じゃ、そういうことで…」
そう言って信は電話を切った。
携帯をポケットに入れ、ボーっとしていると、あっという間に降りる駅に着く。
改札を出て、そのままバイト先に向かって歩き出した。


<あとがき>
けっこう明るい内容になったのはいいですけど…。
智也と彩花があっさりと結ばれてしまった(?)ので拍子抜けするかもしれません。
経験にないだけに恋愛表現のやり方が難しかったです。
文中の着メロはどんな音がするのか、携帯やキーボードなどを持っている人は試してみてはいかがでしょうか?
テンポや音程の高い低いは自分で色々やってみてください。
短文ですが、以上です。

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