第10話
「二人は…」
5分ほど歩いて家に着く。
ポストに入っていた鍵を使ってドアを開け、靴を脱いでリビングに入ると、テーブルにはラップに包まれた晩飯が乗せてあり、ソファーには1か月分(!?)の衣服などがきちんと畳んで山積みになっていた。
(洗濯してくれたのか…。ん?メモ?)
それらしき紙を手にとって読む。
「智也へ。ちゃんと洗濯ぐらいしておきなさいよね。んもぅ、洗濯機のふたを開けたとき、猛臭で鼻をやられそうになったわ!あ、晩御飯作っておいたから。ちゃんと食べるのよ! by−彩花☆」
(ったく、明日やろうと思ってたのに…本当にありがとな…だけど何だ?誰かが居るような気配がする)
妙な気配を感じながら洗面所で手を洗い、リビングにもどったときだった。
「おっかえり〜♪」
聞きなれた声と同時に背中に重みを感じる。
「おわっ!?」
よろけて倒れそうになったがなんとか体勢を立て直す。
「あ、彩花!?どうして!?帰ったんじゃなかったのか?」
妙な気配の正体がわかってちょっと安心した。しかし、何故彩花が?
「そのつもりだったんだけど、やっぱり今日も泊まることにしたの」
体を離しながら彩花が話す。
「な、なに!?」
俺は驚きながら彩花に体ごと振り向いた。
「実は、昼頃にお母さんから電話があって、“今夜は近所の人たちと居酒屋で一夜明かすから友達の家にでも泊まっておいで”なんて言われちゃって…」
「なるほどねぇ…」
「だから〜」
いたすらっぽい表情で見てくる。
「ん?」
「今夜もよろしくね♪」
両手を後ろにし、少し身体を前に傾けて笑顔で言った。
「う…(帰るところがないならしょうがないか…)わ、わかったよ」
「きゃ♪嬉しい♪ありがとう。大好きよ!智也!」
彩花はそう言うと俺に飛び込んできた。
「うわーっ!!!」
ドサ!
「…いてててててて…ん?…あ!」
背中に痛みを感じ、目をきつく閉じたために何も見えなかったが、何かの影になっていることに気付き、目を開けて正面を見ると、潤んだ瞳をした彩花の顔が間近にあった。
「智也…」
彩花の眼は潤んでいた。
「…」
俺は体が固まってしまい、声も出なかった。
しだれかかってきた彩花の髪から漂うきんもくせいの香りが鼻を擽った。
(彩花って、こんなに積極的だったっけ?…積極的?…まさか!)
「彩花」
「ん?」
「双海さんに何を仕込まれた?」
「え?な、何のこと?」
「隠したってわかるぜ。今の彩花と同じことを前に双海さんにやられたことがあったからな」
「そうなんだ…」
彩花は落ち込んだ声で言うと体を起こした。
「とにかくさ、今夜は泊めてやるよ」
「ありがとう…」
(言わなきゃよかったかな?そうすればあのまま…って何考えてんだ俺は!?)
雰囲気が一変した中で俺は彩花が作ってくれた晩飯を黙って食べる。
交代で風呂に入った後、昨日のように俺の部屋でベッドに座ったが、お互いに一言も交さなかった。
(う〜ん。昨日より居心地が悪い…)
重苦しく気まずい雰囲気が漂う。
俺は昨日のことを思い出して立ち上がり、一枚のMDをラジカセにセットして再生ボタンを押した。
♪〜消えた飛行機雲〜いつまでも見送った〜♪
「え!?この歌、昨日私が歌った…」
「そうさ。どこかで聞いたことのある歌だと思ってたけど、かつて小夜美さんも歌ってたんだ」
説明しながら彩花の横に腰を下ろした。
「そうだったの…残念だなぁ…」
「何が?」
「今流れている曲を最初に智也に聞かせたのが私じゃないってこと」
「…でも、俺のほうからは初めてだぜ」
「え!?」
「この曲をMDで聞かせたのは彩花が初めてなんだ」
「あれ?姉さんは?」
「小夜美さんは昨日の彩花みたいに俺の頭を膝枕しながら歌ってた」
「…そうなんだ…よかったぁ」
少しづつ彩花の表情が明るくなっていく。嬉しそうな表情で立ち上がったかと思うと明かりを消した。
そのときだった。
服を着ているとはいえ、窓から差し込む月の光に照らされた彩花に俺は見とれてしまった。
陳腐な表現をすれば月の女神が降臨したような…。
「ん?どうしたの?」
「い、いや…月光に照らされた彩花があまりにも綺麗だから…」
「や、やだ…智也ったら…恥ずかしい…」
彩花の顔が少しづつ赤くなっていく。
「恥ずかしがることなんかないだろ?本当のことなんだから」
「で、でも〜…きゃっ!?」
俺はベッドから立ち上がり、顔を赤くしながら戸惑う彩花を強く抱きしめた。
「本当に綺麗だから…それなのに恥ずかしがる理由があるか?」
彩花の体は小刻みに震えていたが、少しづつ治まっていった。
「智也…」
「俺、今日の帰りに電車の中で考えてたんだ。もし、俺と小夜美さんの立場が逆だったら…つまり、あの事故で小夜美さんが生きてて、俺が死んでたらどうなってたかって…」
「…答えは出たの?」
「俺は、小夜美さんには俺の分も生きて新しい幸せを掴んで欲しいって思うだろう…たぶん小夜美さんは今の俺と同じ気持ちになるんじゃないかな?」
「きっとそうね…姉さんの立場になった人ならみんな自分の分も生きて新しい幸せを掴んで欲しいって思うんじゃないかな?」
「そうかもな…」
彩花を抱きしめている腕の力を少し抜いて呟いた。
「かもじゃなくて、本当にそう思ってるわよ」
「「え!?」」
懐かしい声がしたので体を離して振り向くと、ベッドに座っていたのは…。
「こ、小夜美さん!?」
「姉さん!?」
(いつの間に俺のベッドに!?それにあの日…)
「久しぶりね。智也君、彩花…」
「小夜美さん…どうして?」
「月の女神様が少しだけ降臨する時間をくれたの。その間に親しかった人たちに言い残したことを言ってきなさいってね」
ベッドから立ち上がった小夜美さんは微笑みながら俺と彩花の腕を軽く握った。
「姉さん…ずっと、会いたかった…姉さ〜ん!!!」
彩花は泣きながら小夜美さんに抱きついた。
小夜美さんは彩花の腕を握っていた手を離して彩花の髪を優しく撫でた。
「彩花、私もよ。それに智也君にも会いたかった…」
「小夜美さん…俺もだよ。だからあの時、死んで家族や小夜美さんに会いにいこうとしたんだ」
俺は小夜美さんの顔を見ることが出来なかった。そのため、俯き加減で話す。
「んもう!人の気も知らないで。自殺なんかしたら追い返してたわ!」
「そうか…生きてて良かった…」
「うん♪智也君にはそうして欲しかった。だから私達の分も生きるって決めてくれたときはすごく嬉しかったわ」
「…でも、何もしてやれなかったな…生きてる間に飯をおごるぐらいのことでもいいからしておけばよかった…」
「あら、何もしなかったことはないわよ。私は智也君からいっぱい幸せをもらったから。智也君が側にいてくれたことが何よりも嬉しかったから」
小夜美さんは俺の腕を握っていた手を離して俺を抱き寄せた。
「小夜美さん…俺も、一緒にいてくれただけですごく幸せだった…だから小夜美さんが死んでしまったとき、何もかも失った気がして…うぅ…こうして会えるんだったら、もっと早く会いたかったよ!」
こらえていた涙が俺の目から一気に溢れ出す。
小夜美さんの手で頭を優しく撫でられた安心感でいっぱいだった。
「智也君、彩花。二人で新しい未来と幸せを築いていくのよ。私はずっと二人の幸せを見守ってるから…智也君、彩花のこと、お願いね」
しばらくして泣き止んだ後、小夜美さんは俺の頭から手を離した。
「うん、彩花のことは、俺が守ってみせるから…」
俺は涙を手で拭きながら言った。
「彩花。智也君のこと、私が出来なかった分も幸せにしてあげてね」
「姉さん…わかったわ」
彩花はそう言って俺の手を指と指を交互にして握り、俺も握り返した。
「もう大丈夫ね。そろそろ行かなきゃ…それじゃぁ…元気で…」
俺と彩花から体を離した小夜美さんの姿が少しづつ薄れていく。優しい表情に涙を浮かべていた。
「さよう…な…ら…」
かすれた声になり、床に一粒の涙が落ちた後、小夜美さんの姿は完全に消えた。
(小夜美さん…ありがとう…俺、本当に凄く幸せだったよ。いつかそっちへ行ったら、今度は3人でいろんなところへ行こうぜ…)
・・・・・・。
朝になり、気がつくと俺は昨夜の格好でベッドの上に横になっていた。
(いつの間にベッドの上に?あれは夢だったのか?)
そんなことを考えながら横を見ると穏やかな寝顔をした彩花がいた。よく見ると目に涙の後があった。これで夢じゃなかったのだと確信した時に彩花が目を覚ました。
「智也…もう起きてたの?」
「ついさっきだ…」
「そう…昨日のことは夢だったのかな?」
「夢じゃないさ。その証拠に…」
「その証拠に?…あ…」
俺は彩花の涙の跡を指でふき取った。
「うん、智也の目にも、ほら…」
彩花はそう言って俺の涙の跡らしき部分を指でふいた。
俺は体を起こすと、彩花も体を起こした。
半分寝ぼけた状態で色々考えていると…。
ぐ〜〜〜〜〜…。
「う…」
俺の腹の音を聞いた彩花がくすくすと笑う。
「食欲旺盛なのは相変わらずねぇ」
「ほっとけ。無芸大食なんだからしょうがねぇだろ」
「食欲があるのは元気な証拠か。朝ご飯にしよ?」
「そうだな」
二人でベッドから起き上がり、リビングで俺がボーっとしている間、彩花は朝飯を作っていた。
(小夜美さんのことで思い残すことはもう何もない。あとは俺が…グゥ…)
「…や…智也…智也ってば!んもう!」
体を揺すられ、夢から覚める。同時に味噌汁のいい匂いが鼻をくすぐった。
「…う、ん?…彩…花…」
「二度寝はダメよ…chu♪」
優しい声がしたと思うと、右の頬に暖かくやわらかいものが触れた。
「…?…!…あ、彩花!?」
驚いて右を向くと、頬を少し赤くした彩花の顔が間近にあった。
「ふふ♪こうすれば一気に目を覚ますと思ったから」
「そ、それは…確かに眠気は一気に吹っ飛んだけど…」
「じゃぁ冷めないうちに食べよ?」
「あ、ああ…そうだな…」
俺は多少戸惑いながら朝飯に手をつける。
味についてはいうまでもない。
しかし、朝飯を食べ始めてからずっと無言のままだった。
(どうしてこうも気まずい雰囲気ばかり二人の間に漂うんだ?)
「ぴこぴこ」
…ん?
「智也、何ぴこぴこ言ってるの?」
「俺じゃねぇよ(どこをどう間違えれば俺の声と判断できるんだ?)」
「ぴこぴこ」
どうやら庭の方から聞こえてるみたいだ。
「あら?」
「何だろ?(…とかいう前にどこかで…?)」
丁度朝飯を食べ終わったときだったので庭に二人で出てみる。
あちこち見渡してみるが、音の主らしきものはどこにもない。
「ねぇ、何の音かしら?」
「さぁ…」
くいくいっ。
「ん?」
ズボンのすそを引っ張られる感じがしたので下を見ると…。
「智也?…あら。かわいい子犬ね」
彩花はそう言いながら全身が白に肌色がかった毛色の子犬を抱き上げる。
「ぴこぴこ」
「“ぴこぴこ”ってのはこいつの泣き声だったのか?」
「ぴっこり」
犬は頷きながら声を出した。
「何を言ってるかわかるみたいね」
「そうみたいだな。でも、この泣き声、それにこの犬、どこかで…。…あ!ポテト!ポテトだな!?」
「ぴこ!」
「ポテト?」
「あぁ、俺が隣町にいた頃、よく見かけた子犬だ。野良犬だったわりに猫みたいに人懐っこくてな。俺にもよく懐いてくれたっけ」
「そうなんだ…」
と、彩花がポテトの頭を優しく撫でているところに…
「ぴこぴこわんちゃ〜ん♪…あれ?彩ちゃん?どうしてここにいるの?」
「げ!ゆ、唯笑(え!?ゆ、唯笑ちゃん)!?」
「お〜い!智也〜…ひ、桧月さん!?」
「し、信(い、稲穂君)!?」
「ぴこ?」
一人と一匹は今の凍りついた状況を把握してないようだ。
<あとがき>
最後のほうはとあるゲームのキャラをそのまま使いました。
分かる人にはすぐに分かると思いますが…。
「こんな恋愛、俺もしてぇ〜!!!!」というのが本音です。
短文ですが以上です。