第11話

「二人と二人」

「ほぇ?どうしたの?固まっちゃって…」
「ぴこ?」
唯笑とポテトの一言で凍りついた時間が再び動き始めた。
「あ、あぁ、それより唯笑と信はどうしてここに?」
「じ、実は昨日、俺、唯笑ちゃんとデートした後に唯笑ちゃんの家に泊まったんだ。朝になって玄関に出たらこの犬がいて、それを唯笑ちゃんが見つけて、「ぴこぴこわんちゃ〜ん」とかいいながら遊んでたら突然走り出して、二人で追いかけたらここに来たってわけ」
信が珍しくしどろもどろになりながら言った。
「へぇ〜え。唯笑ちゃんと稲穂君、いつの間にかそういう関係になってたんだ」
彩花が感心しながら言う。
「まぁ、立ち話もなんだから中に入れ」
俺が言うと、3人と1匹は誘われるかのように入ってきた。

リビングに入って俺と彩花、信と唯笑がテーブルをはさんでソファーに向かい合うように座る。
ポテトは俺の膝の上で猫のように丸くなっていた。
「にしても智也、お前いつの間に桧月さんとそんな関係になってた?」
「そう言う信こそいつの間に唯笑と…」
「智ちゃんが先に話して!」
「わ、わかったよ…実は…」
唯笑の怒鳴り声で引っ込んだ俺は、一昨日の夜からのことを何一つ隠さずに聞かせた。

・・・・・・。

「そうなるかもなぁ。遊園地で智也は桧月さんとずっと手を繋いでたからなぁ」
「み、見てたの!?」
彩花が驚く。
「うん、時々ちらっと見てたけど、ずっと手と繋いでたじゃない」
唯笑が突っ込むように言う。
「ったく…」
こういうことには妙に鋭い。
「さて、今度は稲穂君と唯笑ちゃんの番よ」
「わ、わかったよぉ…」
唯笑は高校に入ったときからずっと信にナンパされていた。
ずっと断っていたが、2・3日前に誘われて、暇だったからまぁいいかという気持ちでOKした。
そして昨日、遊園地でデートしているときに少しづつ信の優しさに惹かれて、夜に近くにある公園で思い切って告白したそうだ。
「まさか唯笑ちゃんから告白されるなんて夢にも思わなかった。俺はそれまでの気持ちを打ち明けて…」
「なるほどなぁ…」
「ぴっこり」
「にしても、その犬はどうして智也のとこに来たんだろ?」
「ポテトは俺が隣町にいた頃から俺になついてたからじゃないかな?」
「へぇ、ポテトって言うんだぁ。智ちゃん、ポテトを抱かせて?」
俺は何も言わずにポテトを両腕で抱え上げ、唯笑に差し出した。
唯笑は両手でポテトを抱えて抱き寄せると優しく撫で始めた。
「どうでもいいけど、食い物が犬の名前ってのはちょっとなぁ…」
「信の言う通りかもしれないけど、ポテトに他に合いそうな名前ってあるかぁ?」
「言われてみるとなさそうね」
彩花が相槌を打つように答える。
「ん?」
手洗いに行こうと立ち上がった信が何かに気付いたように振り向いた。
「どうした?信」
「智也の携帯にメールが届くと思うぞ」
「誰から?」
代わりに彩花が聞く。
「そこまではちょっと…」
「信君、預言者だったんだぁ」
唯笑が感心していると…
ソーラーシ〜ラーソ・ソラシラソレ#〜♪
ずるっ!と唯笑がポテトを抱いたままソファーからずり落ち、
どたっ!と信が床でひっくりかえり、
彩花はくすくすと笑っていた。
「ったく、バレバレだっての」
「ふふふふふ…。着メロのこと、まだ稲穂君には話してなかったのよね…あははははは」
彩花はこの着メロを聞くのが2回目だからか、昨日の朝のように笑い出した。
「智ちゃん…くすくす…」
唯笑はポテトを片腕に抱きながらずり落ちた体をソファーに戻す。
「ぴこぴこ」
と〜も〜や〜。何だよそれは〜」
信が体を起こしながら恨めしそうな声で聞いてくる。
「お前からメールがあった場合、この音がなるように設定したんだ」
「作戦失敗…」
作戦とは何かを3人で聞いたが教えてくれなかった。

・・・・・・。

その後は色々な雑談を交して、時計を見るとあっという間に12時を過ぎていた。
「腹減ったなぁ。昼時だから帰るよ」
「そっか。気をつけてな」
4人と1匹で玄関から外に出る。
「じゃ、また学校でな」
「智ちゃん、彩ちゃんを大事にね」
「唯笑こそ、信を尻に敷くんじゃないぞ」
「ふふ、唯笑ちゃんなら大丈夫よ」
「ぴこ」
信と唯笑の腕を組んで歩いている姿が見えなくなったのと同時に振り返る。
「さてと…ん?」
「どうしたの?」
「何で彩花がまだいるの?」
「いちゃダメぇ?」
彩花は上目遣いに俺を見る。
「い、いや、そういうわけじゃないけど…」
「けど、なんなの?」
「もう2日も家に帰ってないけど、親は大丈夫なのかな?って思って…」
「大丈夫よ。どうせこの間みたいに居酒屋で大いびきをかいて寝てるんだから」
両手を腰に当てて笑顔で言う。
「い、居酒屋で…大いびき…」
俺の頭には大量の汗が吹き出ていた。
「うん。だからお昼はここで食べていくわ」
彩花は笑顔で言った。
「ぴこ♪」
(まぁ、まともな飯が食えるならいいか…)
二人と一匹で玄関に入り、台所で昼飯の準備をする。
俺も手伝っているためか気まずい雰囲気はなかった。
ポテトはというと、ソファーの上でじっとしていた。
色々やっているうちに飯と餌がテーブルと床に置かれる。
今朝とは違って色々な会話をしている。
俺と彩花の話しに相槌を打つかのようにポテトが時々ぴこぴこと声を出していた。

やがて食べ終わり、片付け終えた後に俺の隣に彩花が座る。
「ほ〜んと、母さんには苦労させられるわぁ」
「他にも何かあったのか?」
「引っ越してきてからお酒を飲むようになって、次の日の朝になったら両手に酒瓶持って床の上で大の字になって寝てたこともあったのよ」
「う…(ある意味すごいな…)」
冷や汗が背中を伝う。
よくそんな母親から彩花ができたものだ。
いや、むしろそんな母親だったから彩花ができたのかもしれない。
「智也はいいよねぇ。身内に困らせられる人がいないから」
「でもなぁ、今はそうやって愚痴を言ってられるからいいかもしれないけど、いざいなくなると寂しいものだぜ。そう言う意味で俺から見たら彩花のほうがいいぜ」
「そっか…。ずっと寂しかったんだもんね。ごめんね。智也の気も知らずに…」
「いいさ。今はだいぶなれたから」
「…(やっぱり優しいよね。姉さんが好きになるわけだ)」
彩花は俯いて何も言わなくなった。
「ぴこぴこ」
ポテトが向かいのソファーで座ったまましっぽを上下に振っていた。
「あのMD、返さなきゃいけないな…」
「え?」
「昨日聞かせた曲が入ってるMDさ。俺が持ってるより、彩花に返したほうがいいんじゃないかな?」
「いいよ、あれは智也が持ってて」
「え?」
「誕生日プレゼントなんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「ラベルに書いてあったもん。“15歳の誕生日おめでとう”ってね」
(そう言えばそんなこともあったっけ…)
「智也からは、なにか姉さんにプレゼントした?」
「…そばの花の絵…(店で売ってたものだけど…)」
「へぇ…」
「選んだ理由は花言葉さ」
「“喜びも悲しみも一緒に”か…今なら分かるよ。その意味が…」
「そうだな…」
「ね、これから出かけない?」
彩花がソファーから立ち上がりながら言った。
「え?」
「だって、こんなにいい天気なのに家の中でごろごろしてるのって勿体無いよ」
「そうだな。んじゃ行くか」
俺がそう言うと、
「うん♪」
彩花は元気いっぱいの笑顔で応えた。
ポテトにも一応聞いたが、ソファーの上で猫のように丸くなって動かなかった。
俺は出かける用意をして戸締りなどを済ませ、彩花が外に出たのを確認して玄関の鍵を閉めた。
「さ、行きましょ」
そう言いながら腕を絡ませてくる。
「OK」

・・・・・・。

二人で商店街を歩いていた。彩花の腕はずっと俺の腕に絡まったまま。
そんな中で信と唯笑が腕を組んで歩いているのをちらっと見た気がした。
「さっき、稲穂君と唯笑ちゃんが腕を組んで歩いてなかった?」
「やっぱり、あれはそうだったか」
「ちょっと声かけてくるね」
そう言って駆け出したが、俺はとっさに彩花の腕を掴んで止めた。
「智也?」
「やめとけよ。二人っきりのところを邪魔したくない(それに邪魔されたくない)」
「…そうだね」
俺達は信と唯笑が歩いていった方向とは反対の方向へ歩き出した。
色々話しながら歩いているうちに商店街を出て、海が見える高い丘に来ていた。
空を見ると夕方だった。
「綺麗な夕日ね」
「そうだな」
いつの間にか、彩花は腕を放していた。
夕日は正面に捉えて立っている俺達を赤く照らしていた。
「なんかどうでもよくなりそう」
「何が?」
「智也がここで自殺しそうになったこと」
「もういいだろ?こうしてここにいるんだから」
「うん…」
考え事をしている俺に彩花が寄り添ってくる。
「彩花…」
「なに?」
「こんなときにこんなことを話すのはどうかと思いながらもさせてもらうぜ」
「ん?」
「もし、俺が突然死んでしまったら…」
「それはやめて!」
彩花が突然体を離す。これ以上距離を離さんとばかりに俺は彩花の肩をつかむ。
「わかってるけど聞いてくれ!小夜美さんのことが心残りだったときの俺みたいになって欲しくないんだ」
「…う、うん…」
戸惑いながらも彩花は俺との距離を離そうとはしなかった。俺はゆっくりと手を離す。
「俺が突然死んでしまったら、そのときは俺の分も生きて欲しい。そして、俺のことは気兼ねせずに新しい幸せを掴んでくれ」
「…わかったわ…もし、それが私だったら、智也もそうして」
「…わかった。それに“この先何があっても絶対に生きる”って決めてるからな」
「ふふ。そうだったね」
再び寄り添ってくる。俺は彩花の肩に手をかけた。
(今なら言えそうな気がする…俺の気持ち…)
打ち明けようとして口を開いたが、先に言葉を発したのは彩花だった。
「智也…」
「ん?」
「ずっと、一緒にいようね?」
「ああ…彩花…」
「なに?」
「…好きだよ…小夜美さんの妹としてもそうだけど、一人の女としてもな…」
「…智也…嬉しい…初めて言ってくれた…」
体を離してお互いに向き合い、しばらく見つめ合った後、彩花は目を閉じた。
俺は彩花の両肩に手をかけ、目を閉じて彩花の唇に自分の唇をそっと重ねた。
しばらくして唇同士が離れる。俺の両手は彩花の肩にかかったままだ。
「…やっと、恋人同士になれたね…」
彩花は顔を少し赤くして呟くように言った。
「そうだな…」
俺は彩花の両肩から両手をゆっくり離す。
「今日も泊まろうと思ったけど、親が心配するから帰るね」
「そうか…」
「じゃぁ、今日はこれで…」
「え?もう帰るのか?」
「うん。これ以上いると、泊まりたくなるから…じゃあね」
「…あ、ああ…じゃ、また…」
彩花は手を振ると背を向けて歩き出した。夕日で赤く照らされた後姿はなんだか寂しそうに見えた。
(せめて駅まで見送りたかったな。ん?…確か、ここから駅に続く道には…あ!)
俺はあることを思い出してから胸騒ぎを感じ、彩花が歩いていった方向へと走り出した。
商店街の人ごみは二人で歩いていたときよりも少なくなっており、少し離れたところに彩花の後姿を見つけるのはそんなに難しくなかった。
気付かれないように少し距離を置いて後をつける。音でバレないように携帯の電源を切った。
やがて商店街を出て人気のあまりない交差点に差し掛かる。そう、“死の曲がり角”と呼ばれている交差点にだ。
横断信号は赤で、彩花は止まっていたが、やがて信号は青になり、彩花が横断歩道の真ん中辺りまで進んだときだった。
車を積んでないキャリアカーがふらふらしながら走ってきたのだった。
「え!?」
それを見た彩花は足がすくんだのかその場から動かなかった。
(お願いだ!間に合ってくれー!!!)
俺はキャリアカーが見えたときから彩花めがけて走っていた。
もう少しでぶつかるというところでダイブして彩花を抱きとめ、ダイブの勢いに任せて反対側の歩道に突っ込むように飛び込んだ。
キャリアカーはというと、ふらふらと走り去っていき、しばらくして運転は真っ直ぐになった。
(どうして彩花に気付かなかったんだ?それに信号は赤だったのに…そう言えば、運転手が…)
「あ、どなたか存じませんがありがとうござい…って、智也!」
彩花は俺に後ろから抱かれるようかな感じだった。首を後ろに向けたとき俺だと知って驚いたのは当然と言うべきだろうか?
「彩花…無事でよかった…」
「どうしてここに?」
「駅へ向かうことは分かってたけど、その途中にこの交差点があることを思い出してな」
「そう言えば、ここは“死の曲がり角”…」
「そうさ、嫌な予感がして、悪いとは思いながらも後をつけてたんだ。予感は的中したぜ」
「そっか…ここで姉さんが…」
「ふぅ、二の舞にならなくて良かった…」
「うん。とかいう前にいつまで抱いてるの?」
「あ!」
俺は彩花に言われるまで抱いていたことをすっかり忘れていた。俺も彩花も顔を赤くして体を離す。
「あのキャリアカー、どうして私に気付かなかったのかしら?」
しばらくして落ち着いた頃に彩花が話し掛けてきた。
「さぁ…なんだか運転手は片腕で何かから守るように目の部分を覆っていたっけ」
「どうして…?」
俺はわからないという応えを手で表現し、キャリアカーが走ってきた道へと歩いていった。そして彩花が引かれそうになった交差点へ振り向いたときだった。
交差点の近くにあった建物から夕日が反射して凄く眩しかった。
「まさか、今までの事故の原因って…これだったの?」
「そうみたいだな。丁度今ぐらいの季節でこの時間帯に事故が集中してたんだ」
「今やっと原因がはっきりした」
「そうだ。あの反射をなくせばきっと…いてて!」
ホッとしたとき、突然右腕に激痛が走った。
「どうしたの!?あ!」
俺の右腕は酷くすりむいており、出血もしていた。おそらくダイブして地面に当たった部分だろう。
「酷い怪我…無茶をして…『私のことなんて…」
「『…助けなければ怪我しなくてすんだのに…』なんて言うなよ? もう好きになった人に何もしないまま死なれるのは嫌だったんだ。それに、小夜美さんに『彩花のことは俺が守ってみせる』って約束したし、何よりも“彩花を守りたい”という俺自身の意思だったから…」
「智也…嬉しい…怪我をするのを覚悟で私のことを守ってくれる…こんなにも私のことを愛してくれる…」
彩花は俯いて嬉し涙を流した。
(愛?…そうか…俺は…知らず知らずのうちに彩花を…)
「兄ちゃん、やるねぇ」
「え?」
一人の見知らぬ中年ぐらいの男性が話し掛けてきた。
「こんなかわいい姉ちゃんを助けて、しかも事故の原因を掴むなんて。あっ!と思ったときには間に合わなかったから見てるしかできねぇかと思ってたが、そうでもねぇなぁ」
「そうでもないって?」
「わしはこう見えても近くの診療所で医者をやってるんだ。来なよ。その腕の傷、治療しなきゃな」
「でも、金が…」
「いいっていいって。あの事故の初めての生存者だからな。その記念だ。タダでやってやるよ」
「き、記念…(汗)」
「いいじゃない、行こうよ。そのままじゃ外を歩けないでしょ?」
「そうだな…」
俺と彩花は男についていき、交差点から少し離れたところにある小さな診療所で治療を受けた。


<あとがき>
波乱があるようでなかったみたいでがっかりした人もいるかもしれません。先はまだあります。
着メロは兄貴に聞かせたとき、がくっとなったので「これは使えるんじゃないかな?」と思って載せました。
最初より面白くなくなってきてるかもしれませんが、それでも読んでいただけたら幸いです。
短文ですが以上です。

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