第13話

「みんなで海へ」

8月7日

俺達は今、海へ向かうバスに乗っている。
昨日、村野さんが海へ行きたいと突然言い出したのがきっかけだった。
バスの中では女の子達が色々な話題ではしゃいでいる。
俺と信は一番後ろの席でぼーっとしていた。

しばらくしてバスは海の近くのバス停に止まる。
みんな、バスを降りて「この先、桜峰海岸」と書いてある看板の矢印に向かって歩いた。
浜辺に着き、俺と信は着替えて準備体操をしていた。
「お待たせー」
彩花の声がしたので振り向くとみんな来ていた。
彼女達の水着姿は凄く眩しかった。
信は鼻血を出しながら彼女達をなめるように見ていた。
「信君ったら〜目つきが嫌らしいよぉ」
唯笑が軽蔑に近い表情を浮かべながら言った。
「智也さんは平気なの?」
信を呆れた思いをしながら見ていた俺に双海さんが聞いてきた。
「へ?」
「だって、私達の水着姿を見るの初めてなんでしょ?」
かおるが聞いてくる。
「まぁね…」
俺は2年前にもこの海に小夜美さんと来たことがあった。
そのときの小夜美さんの水着姿が派手すぎたのが原因かもしれない。
それに理性を保つのは双海さんの件で慣れてたから…。
「せっかく来たんですから早く泳ぎましょうよ」
村野さんが笑顔で言った。
「そうですね。行きましょう」
みなもちゃんの声に合わせるようにみんなが海へ駆け出そうとしたときだった。
「みなもちゃーん!」
「え!?」
不意に声を掛けられてみなもちゃんが驚きながら振り向いた。
駆け寄ってきたのは、ショートヘアでちょっと幼い感じのする女の子だった。
「あ、希ちゃんじゃない。今日はどうしたの?」
「海で遊ぶついでに何か絵の参考になるものがあればと思ってね」
俺達は会話している二人を見る。
みなもちゃんはそれに気付いたのか、表情が硬くなってしまった。
「あ、紹介します。同じクラスの相摩 希(そうま めぐみ)ちゃんです」
「初めまして。美術部の相摩希です(あれ?あの人、どこかで…)」
希ちゃんは俺の顔を見たとき、見覚えがあるような表情になった。
「希ちゃんにも左から順番に紹介するね。私をこんな性格に変えた、2年生で天然ボケ大魔神の今坂唯笑ちゃん」
「それどういう言う意味?」
唯笑はみなもちゃんに抗議を出すが、みなもちゃんはそのまま紹介を続けた。
(性格が変わったこと、自覚してたんだ)
「唯笑ちゃんの幼馴染みで昨日、『カレーレストラン kokoはTOP屋!』で2000グラムカレーを8分で食べてしまった音羽かおるさん」
これを聞いて、かおるは焦った。おそらく俺達に内緒にしておこうと思ってたのだろう。
(大食い記録を更新しようとしてないか?それによく太らないなぁ…)
「生徒会長の村野明美さん」
「こんにちは」
村野さんは軽くお辞儀をする。
「明美さんの従姉妹の桧月彩花さん」
「やっほー♪」
彩花はそう言いながら笑顔で手を振る。
「彩花さんの恋人の三上智也さん。智也さんの親友の稲穂信さん。3年で空手部主将でもある痴漢撃退記録更新中の双海詩音さん。皆、澄空学園の生徒だよ」
双海さんはかおると同じように焦っていた。
「ち、ちょっと、みなもちゃん!」
彩花が顔を赤くしながら戸惑う。
「智也、よく平然としてられるな?」
顔色一つ変えなかった俺に気付いた信が聞いてくる。
「前にも同じような経験があったからな…って、みなもちゃん!どこでそれを!?」
俺と彩花が恋人同士だと言うことをまだ誰にも話していない。そのため、俺は驚きを隠せなかった。
「ふふふ。一昨昨日、見ちゃったんですよ。智也さんと彩花さんが海が見える丘で夕日に赤く照らされながら、あっつ〜いキスを交わしてるところを」
希ちゃんは微笑んでいた。俺を見るときは何かを知ってるような感じだったが…。
「やるねぇお二人さん」
信が冷やかしてきたが、俺はその反撃に聞いた。
「そう言うお前こそ、唯笑とはどうなんだよ?」
「そうそう、稲穂さんと唯笑ちゃんが仲良く腕を組んで商店街を歩いてるところも見ましたよ」
みなもちゃんが話を続ける。
「へぇ〜ぇ。ヒューヒュー」
双海さんは唯笑と信を冷やかす。唯笑と信は顔が真っ赤だった。

そんなこんなでみんな海へ駆け出した。俺と彩花は砂浜で立っていた。
「バレちゃったねぇ」
「いつかはこうなることを予感してたから俺は平気だったけど」
「みなもちゃんってこういうことには妙に鋭いのよねぇ」
「いつかは話さなきゃいけないと思ってたからなぁ。その手間が省けたな」
「うん。そうだね」
彩花はそう言って皆のところへ駆け出していった。
(みんなの元気な顔が見れてよかった…)
そう思って歩き出し、冷たい水が足に触れたときだった。
「あら、三上君じゃない。久しぶりね」
横から不意に声を掛けられる。
振り向くと、彩花が20代ぐらいになったらこんな感じがするんだと思わせるような大人びた女性がいた。
「し、静流さん」
「今日はどうしたの?」
「い、いや、友達連中の一人が突然海へ行こうなんて言い出して、それで…」
「ふふ。三上君の周りって、かわいい女の子ばかりで羨ましいな。…あれ?小夜美はいないの?」
「いないの?って、知らないのですか?」
「知らないって、何を?」
「小夜美さんは…去年の8月1日に…運転中の事故で亡くなりました」
「え!?…そうなの…去年の夏から何も連絡してこないと思ったら…そういうことだったの…」
俺も静流さんも沈みがちになった。
「今日来たら、小夜美に会えるんじゃないかな?って思って来たんだけど、残念ね…」
「そう思うのはまだ早いですよ」
「どういうこと?」
「小夜美さんの妹が来てるんです」
「え!?妹?どこ?」
静流さんはあちこち見ながら聞いてきた。
「あそこの茶色い髪でロングヘアーの女の子です」
俺はみんなとはしゃいでいる彩花を指差しながら言った。
「そう…一度でいいから会ってみたいって思ってたんだ」
「…」
ぐい!
考え事をしていると、突然腕を引っ張られた。
「あ!静流さん、何を!?」
「ちょっと頼みがあるんだけど」
「な、何ですか?」
「背中にサンオイル塗ってくれない?」
「へ?」
「お願〜い。一人で来たからオイルを塗ることができなかったの。塗ってくれそうな人を探していたところに、三上君の姿を見つけたからラッキーだったわ♪」
「はぁ、ついてねぇ…」
俺は肩を落としてガックリとした表情で言った。
ん?何か言った?
ニラみを入れた表情で言う。
「い、いえ…」
(笑顔にドスの入った口調も怖いが、これもこれで怖い…でも一昨日考えてたことはハズレたからいいか)
俺は無理やりといった感じでオイルを塗らされるハメに…。
静流さんの水着は前から見たら普通のハイレグ水着みたいな感じだが、後ろは背中丸出しなのだ(それともこれが当たり前なのか?)。
2年前も同じ格好だったので俺は見慣れていた。
静流さんは砂浜でうつぶせになり、俺は横に座ってオイルを手につけ、その手を静流さんの背中に伸ばす。
「ねぇ」
静流さんが悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。
「何ですか?」
「手がHなんだけど♪」
俺は手を広げ、力を入れて思いっきり背中を叩いた。
ばちん☆
い゛ぃったあ゛ぁ〜!んもう!何するのよ!?」
静流さんの身体は一瞬エビのように反り返る。
「変なこと言うからリキんだんですよ」
そう言いながらオイルを塗る。
「ぶぅぅ…冗談だったのにぃ…」
静流さんはふくれた。そのしぐさが可愛らしくて笑ってしまった。
(こんな可愛い面もあったんだなぁ…ん?)
と、そこへ凄みを漂わせた影が俺の視界に入ってきた。
ゆっくり影を辿ると、人の足らしきものが見えたので、それをゆっくり見上げると…。
と〜も〜や〜?な〜にしてるのかな〜?
仁王立ちで不敵な笑みを浮かべた彩花がいた。
「な、何って、背中にオイルを塗ってるんだけど…」
俺は本当のことを言ってるのにちょっと焦っていた。
そのわりには仲良さそうじゃな〜い?
「ま、知ってる人だからな」
俺達のやり取りをよそに静流さんは何も知らないといった感じで海を眺めている。
ふ〜ん。よかったら紹介してくれるかしら〜?
「初めからそのつもりだったからいいぜ。だからさ、その不敵な笑みとドスの入った口調はやめてくれ!」
ついに彩花の怖さに耐えきれなくなり、少し後ずさった。
こんな現場を見せられて、やらずにはいられないのよねぇ〜
彩花は俺との距離を詰めるようにじりじりと歩み寄ってくる。
「浮気か、二股かけられてるなんて思ってるのなら、それはすごい勘違いだ」
「何が勘違いよ?」
表情が不敵な笑みから睨みに変わった。
「この人に会うのは2年ぶりだからだ」
「ふ〜ん…」
彩花はまだ納得がいかないといった感じだった。
「とにかく紹介するよ。小夜美さんの中学時代からの友人、白河 静流(しらかわ しずる)さんだ」
「え!?姉さんの!?…は、初めまして。霧島小夜美の妹で桧月彩花といいます」
彩花は驚きと戸惑いを隠せない状態でありながらも何とか自己紹介した。
「初めまして。小夜美から話は聞いてたわ。それにさっき三上君にも教えてもらったし」
静流さんが体を起こしながら言った。
「そうですか…てっきり…」
(やっぱりそうだったか…)
「小夜美のこと、残念だったわね…さっき三上君に聞くまで何も知らなかったから…」
「いえ、智也のおかげで立直れましたから」
(俺のおかげ?…って何かしたか?)

俺は他の皆にも静流さんを紹介した。
みんなあっけないぐらいに打ち解け、一緒にはしゃいでいる。俺と彩花は浜辺で座っていた。
「ふぅ…み〜んなあっけなく馴染んだな」
「うん。さっきはごめんね」
「もういいけど、勘違いもいいとこだぜ」
「だって、誰から見ても浮気してるみたいだったもん。それに再会した時点で紹介してくれれば誤解しないで済んだのよ」
「じゃぁお互い様か…」
「…静流さんのこと、どこまで知ってるの?」
「どこまでって言われても、このあたりに住んでるってこと以外は何も…(他にも何かあったような気が…?)」
「姉さんから聞かなかったの?」
「俺が聞かなかっただけさ。だから小夜美さんも話さなかった」
妹がいるということも聞いていたが、それ以上のことは何も言わなかったし聞かなかった。
だから5月3日に小夜美さんの墓参りをした日、彩花が妹だと知ったときは驚いた。
「ふ〜ん」
「それよりさ」
「なに?」
「さっき、俺のおかげで立直れたって言ってたけど、どういう意味だ?」
「あぁ、あれね…。私、本当を言うと、姉さんに死なれたり、恋人に振られたりで人生の半分を諦めてたの。でも、智也が“この先何があっても、絶対に生きるから”って言ったあの一言で“もう一度頑張ってみよう”って気持ちになれたの」
「そうだったのか…」
「だから、これはそのお礼よ」
「え?…!?」
彩花は横から俺の首の周りに両腕をまわし、目を閉じて俺の頬に唇を当てた。5秒ほどして唇が離れる。
俺は戸惑うばかりで声が出なかった。周りで見ていた他の客が俺達を冷やかすが、そんなことは気にしない。
「ふふ。赤くなっちゃって」
「そういう彩花こそ」
「ふふふふふ」
「ははははは」
彩花は立ち上がり、座っている俺の腕を引っ張った。
「せっかく来たんだし、行こう?」
「そうだな」
俺も彩花も皆とはしゃいだ。

・・・・・・。

昼になり、海の家で皆で飯を食べることになった。他の客が静流さんの後でくすくすと笑っていた。
「な、何かしら?私の背中に何か付いてる?」
皆も静流さんの背中を見てくすくすと笑っていた。俺は何となくだがその原因を知ってるので見なかった。
「ち、ちょっと何よ!?皆まで」
「実際に鏡で見たほうがいいと思いますよ」
信がニヤニヤしながら言った。
静流さんは振り返ってどこかへ歩いていった。その時に背中が見えた。笑われる原因は予想したとおりだった。
「くすくす…あれをやったの、智也ね?」
彩花が聞いてくる。
「そうだけど」
「ふふふ、何であんなことをしたの?」
かおるが笑いをこらえながら聞いてきた。
「実は、再会したときに…」
それを聞いた皆が大笑いしたいのをこらえるかのように口と腹を押さえて笑っていた。
「よぉ!三上!来てたのか」
「え?…あ!伊波!」
男の声がしたので振り向くと、ガッチリした体格の男がいた。
「智也さん、その人誰?」
双海さんが聞いてきた。
俺は伊波の横に立った。
「紹介するよ。同じバイト仲間の伊波 健(いなみ けん)だ」
「はじめまして。浜咲学園2年の伊波 健です」
俺も伊波に皆を一通り紹介した。
「相摩さんのことは知ってるよ。俺と三上のバイト先のファミレスでウェイトレスをやってるから」
「え!?そうなんだ」
俺は今まで知らなかった。その理由は…。
「そうか…俺はレジをやってて、時々倉庫整理にまわるけど、三上は倉庫整理ばっかりだからなぁ。知らないのも無理はないか」
「すみません、言おうとはしたのですが、機会がなくて…私は知ってました。凄く暗い雰囲気を漂わせていたので印象に残ってたんです。でもこの間はびっくりしました。あの闇に染まったかのように暗かった三上さんが“本当に同一人物か?”って思わせるぐらいに明るくなって…う…」
希ちゃんが続きを言おうとした時、恐ろしい物を見たような表情になった。
み〜か〜み〜く〜ん?よくもやったわね〜?
原因を知ったらしく、戻ってきた静流さんが俺の背後から殺気に近い気配を漂わせて、しかもドスの入った口調で言う。
周りの皆は恐怖におののき、俺と静流さんからかなり間を空けた。
(こんなことが何度起こればいいのやら…)
俺は肘を突いてそのまま前を向いていた。
「だって、静流さんが変なこと言うから、◎♀×♂□▽☆…」
自業自得だと言おうとした時、後ろに引っ張られ、コブラツイストをかけられた。
このとき、俺は静流さんが無類のプロレス好きだということを思い出した。
どうしてくれるのよ!?
俺は無理やりにといった感じで静流さんの手足を引き剥がすように解く。
「はぁ…はぁ…普通気付くと思いますけど?」
「確かに三上君が叩いた部分はずっとヒリヒリしてたわ。でもまさか手形であんなに真っ赤になってるなんて誰も思わないわよ!」
そんなこんなで俺は静流さんと口喧嘩をしながら飯を食べていた。だが、周りのみんなが夫婦喧嘩だの何だのと冷やかしてきたことですぐに終わった。

飯を食べ終わり、みんなは昼飯前のようにはしゃいでいた。
俺は浜辺で座ってみんなのはしゃぐ姿をみている。
「お〜い!そこの兄ちゃん!危ないぞー!」
という声と同時に何かが転がってくる音がした。その音は近づいてくる。
何だろうと思い、あたりを見回したが、音の主らしきものはどこにもなかった。
そして、首を傾げて正面を見たときだった。
ドスッ!
「ぐあ!」
後頭部に何かが当たった。しかも重量感もあった。
うつぶせの状態で気絶する直前に見たものは、真っ二つに割れたスイカだった…。


<あとがき>
今回は2NDのキャラを入れてみました。
3人とも設定が違うかもしれませんが、そこがSSのいいところだと思います(決して開き直りではありません)。
13話が完成した頃はまだ2NDが発売されてなく、公式HPで登場人物の紹介はあったものの、健が自分のことをどう呼んでいるかわからなかったこともあり、独断で健の自分の呼び方は「俺」にしました。
短文ですが以上です。

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