第14話
「悲しい出来事」
智也は通報で駆けつけた救急車で病院へ運ばれ、検査を受けた。
皆は検査室の近くにある長椅子にそわそわしながら座っていた。
格好は全員水着の上にタオルを羽織った状態だ。
やがて、医師(以下:医師1)が検査室から出る。
それをみて最初に駆け寄ったのは彩花だった。
「先生!智也は!?」
「色々調べましたが、後頭部のスイカが当たってできた傷以外は何も異常は見られません」
「よかったぁ」
かおるがほっとする。
「ただ…」
医師1が言いにくそうに言った。
「ただ、何ですか?」
明美が立ち上がりながら聞いた。
「頭を打ってますので、しばらくは様子を見ないといけません」
「なんてことだ…」
信が悔しがるように言った。
「すまん。俺がもっと早く外に出ていれば…」
健が下を向いたまま言った。あの時、健はジュースを飲もうとして海の家に行ってたのだ。
それからしばらくして、人だかりの中に気絶している智也を発見したのだ。
「伊波さんのせいじゃないわ。私も転がっていくスイカを見て駆けつけたけど、スイカの転がる速度が速すぎて間に合わなかったから」
詩音が下を向いたまま言った。
「不幸中の幸いだったのは砂の山で勢いが弱まったことですね」
「みなもちゃん、どういうこと?」
唯笑がみなもを見ながら聞く。
「目撃者の話によれば、スイカは勢いよく智也さんに向かって転がっていったそうです。その途中にあった砂の山に当たって、転がる勢いが少し弱まった後にはねて智也さんの後頭部を直撃したそうです。砂の山に当たらずに後頭部に当たってたら、脳内出血で今より酷い状態になってたかもしれません」
『えぇ!?』
みんなが驚く。
「すごく詳しいですね」
医師1が聞く。
「父が医者をやってますので。それに私、将来は医者を目指してるんです。なので父から医学のいろんなことを学んでるのです」
「先生!」
中からもう一人の医師(以下:医師2)が出てきた。
「どうした!?」
みんな一斉に注目する。
「智也君が目を覚ましました」
「おお、そうか。みんな入っていいよ」
みんな智也に駆け寄る。智也の頭には包帯が巻かれていた。
「智也!」
彩花とかおると信が同時に呼び、
「智ちゃん!」
唯笑が呼び、
「智也さん!」
詩音とみなもが同時に呼び、
「三上!」
健が呼び、
「三上さん!」
明美と希が同時に呼び、
「三上君!」
静流が呼びながら、みんなかけよった。
智也はベッドの上で体を起こしてボーッと正面を見ていた。
やがてゆっくりと顔を上げ、周りのみんなをゆっくりと見渡した後、またボーッと正面を見る。
「…俺は…どうして…ここに?」
智也はゆっくりとした口調で言った。
「海の家の人が手を滑らせて転がっていったスイカで頭を打ったんだ。その後、気絶して…」
健が喜びを抑えきれず、そわそわしながら説明した。
「そうだったのか…ところで…」
「ところで、何だ?」
信が何かを期待するように聞く。
「失礼ですけど、みなさんは、どちらさま…でしょうか?」
この一言にみんな驚いた。
「そんな…記憶喪失…」
みなもが愕然とした声で言った。
「何てことだ…」
医師1ががっくりと肩を落とした。
「しばらくの間、検査のため、智也君には入院してもらいます。どなたか智也君のご家族の方に連絡を取っていただけますか?」
医師2が戸惑いながらも平静さを保ちながら聞いた。
「智也には、家族はいません」
彩花が沈んだ声で言った。
「な、なに!?」
「…知らなかったのか!?」
健が驚くと、信が驚きながら聞いた。
「きっと智也が言わなかったんだね」
かおるが沈んだ声で言う。
「そうですか…」
医師1が下を向きながら言った。
「でも、お父さんが智ちゃんを養子にしたって言ってました」
「だめよ。唯笑ちゃんのお父さんは海外に転勤してるし、智也は養子にされた後、こっそり絶縁の手続きをしたから」
唯笑が切り札のように話すと、彩花が智也から聞いたことをそのまま話した。
「とにかく、2・3日様子を見ましょう」
明美がみんなを元気付けるように言った。
そんなこんなでみんなは病院を後にし、タクシーで海に戻って着替えた。
帰る途中で病院により、彩花は智也の着替えを医師1に渡すと、辺りはすっかり夜になっていた。
入り口にはみんなが待っていた。
「とんでもないことになったな…」
「バイト先の店長には俺から話しておくよ」
「お願いします。私達は担任の先生に事情を話します」
「何かあったら知らせてください」
「わかったわ」
信、健、希、詩音、静流のやり取りの後、みんなで携帯の番号を教え合い、彩花たちは健と静流の二人と別れて澄空町へ帰っていった。
それから3日が過ぎ、それまでの間、1日1回必ず連絡を取っていた。
智也の脳内に何も異常は見られなかったが、その反面、自分の名前以外何も思い出さなかった。
そんな状態でありながらも退院し、みんなに連れられて家に帰っていった。
歩きながらみんなと色々な会話をしているが、智也の態度は硬かった。
「何から何まですいません」
「気にするな。友達だからさ」
信が笑顔で話し掛ける。
「友達…ですか…」
智也は周りを見ながら言った。
「そうだよ。み〜んな智也の友達だよ」
かおるが笑顔で言う。
「皆さんの顔には見覚えがある様に思いますが…一人、足りないように思うのは…気のせいですか?」
「え?一人足りないって?」
「伊波さんのことですか?」
「それなら、静流さんも入るから二人じゃない?」
信、希、詩音が少し驚きながら聞く。
「…誰だったかなぁ?」
智也は思い出そうと必死だったが何も思い出せなかった。彩花と明美はずっと黙ったままだった。
みんなは笑顔だったが、普段の底抜けの明るさはなかった。
途中で智也と信はみんなと別れた。信は家まで送ると言ってずっと一緒だった。
「ここがお前の家だ」
「ここが…俺の家…」
智也は初めて見るかのように周りを見ている。
信はいつの間にか持っていた智也の家の鍵をポケットから取り出し、玄関の鍵を空けて扉を開け、智也を中に入れた。
「本当にすいません」
「そう硬くなるなよ。友達なんだから普通に喋ってくれよ」
「じゃぁ、早速、そうさせてもらうよ。稲穂さん」
「呼び方も信でいいぜ」
その頃、彩花たちは明美の家にいた。
希は学校に用があり、そのついでに教師達に智也のことを伝えると言って、明美の家に行く途中で別れた。
「ふぅ…。作り笑いがやっとだね」
かおるが一息つき、
「仕方ないわ。智也さんがあんな状態なのに…」
詩音がお手上げのような感じで言い、
「なにかきっかけがあればいいのですが…」
みなもが俯きながら言い、
「彩ちゃんと明美ちゃんは黙ったままだけど?」
唯笑が二人に聞くと、
「…もしかして…」
彩花は何かを思い出したように呟いたが、その声はみんなに聞こえた。
「どうしたの?…まさか…」
明美も何かを思い出したかのように目を開いた。
「まさか?なに?」
詩音が振り向きながら聞くと、
「智也が言ってた、足りない人って…」
「小夜美さん…」
彩花に合わせるように明美が言うと、それを聞いた周りのみんなは驚きながら納得した。
♪〜…。
唯笑の携帯が鳴った。ディスプレイを見ると信からだった。
「もしもし、どうしたの?」
「智也が家族のことを思い出したよ」
「え!?…他には?」
唯笑の驚きの声にみんなが注目する。
「何も…」
「そう…」
「ゴメン。ガックリさせちゃって…」
「いいよ。何かあったら教えて」
「うん。それじゃぁ」
そう言って電話を切る。
「どうしたの?」
詩音が唯笑の肩にそっと触れながら聞いた。
「智ちゃんが家族のことを思い出したそうです」
「よかった…」
詩音はホッとした表情だった。
「でも…それ以外のことは、何も…」
その場にいたみんなは沈んだ表情だった。彩花は一人になりたいと言って明美の部屋を借りた。
「あんなに暗い桧月さんを見るのは初めてだね」
「仕方ありませんよ。三上さんは彩花が恋人であることも忘れてしまったわけですから」
「智也さんも辛いでしょうね。思い出そうとしても思い出せないのですから」
かおる、明美、みなもが彩花が入っていった部屋のドアを見ながら言った。
彩花は明美のベッドにうつぶせになり、智也の名を呼びながら声を押さえて泣いていた。
智也の家では…。
「じゃぁ、俺はもう帰るから」
「そうか。気をつけてな」
「何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「すまんな。本当に…」
「気にするなよ。友達だろ?」
「そうだな…」
「それじゃ」
信はそう言って智也の家を後にした。智也は普通の表情を保っていたが、信が帰った後、落ち込んだ。
(無理に笑うのはやめてくれ。わかってるんだ。みんなの表情は偽りだってことを…。それを見ると俺まで辛くなってくる…)
そんなこんなで数日が過ぎ、夏休みがあけても智也の記憶は戻らなかった。
いつもの連中はそのことに悲観した。
智也もそのことに申し訳なく思っており、表情に影を落とすようになった。
だが、智也は勉強の部分は覚えていたらしく、古典はすらすらと解いてしまった。
数学や英語が苦手なのも相変わらずで、彩花たちはいつもの智也らしい部分を見つけて安心した。
しかし…。
それから半年が過ぎ、健が静流の妹のほたると付き合うようになり、詩音は地元の空手道場から推薦状が来て、それを快く受けたことで進路はすぐに決まった。
そして年が明けて4月になり、詩音は卒業し、彩花たちは3年になり、みなもたちは2年になった。
クラスにあまり大きな変化はなく、昼時には卒業した詩音が外れ、希が加わったいつもの連中で屋上に集まって食事をしていたが、智也は何も思い出していなかった。
みんなはそれまでの間、何もしなかったわけではなく、智也をいろいろなところへ連れて行ったりして思い出すきっかけを掴ませようとしたのだった。
だが、いいところまではいくものの、肝心な部分が思い出せず、全て失敗に終わっていた。
みんなはさじを投げてしまい、絶望に陥っていたところに、ほたるが「これから新しい思い出を作っていこうよ」と言ったおかげで希望を取り戻したのだ。
そして、彩花たちにとって高校生活最後の夏休みがやってきた。智也の記憶は戻らなかったが、みんなはほたるの一言を支えにしていた。
桜峰海岸へ行き、健たちと再会しても智也は相変わらずだったが、みんなは満面の笑顔だった。
そして数日が過ぎ、8月1日のことだった。
朝から信たちは智也が何の前触れもなくいなくなったことに大騒ぎしていた。
念のために智也の家に行ったが誰も出ず、携帯も電源が入ってなかった。
そんな中、彩花は去年のことを思い出し、海が見える丘に言ってみたが、智也の姿を見つけられなかった。
健たちにも連絡したが、桜峰には来てないとのことだった。
一方、その頃…。
智也は朝、無意識に戸締りをし、玄関の鍵を閉めて家の鍵以外は何も持たずに出かけたのだった。
何かに誘われるかのように商店街の外れにある海が見える丘に来ていた。
彩花たちはこの場所に一度も智也を連れてくることはなかった。
なぜなら、この場所は去年、智也が自殺を図った場所だったからだ。
(どうしてここに…確か、ここで…)
智也は考え事をしながら海に近いところに立っている一本の木の海側に座ってもたれた。
(そうか…ここで、あの時…それを…)
色々考えているうちにそのままの姿勢で信たちが必死で探していることも知らずに眠ってしまった。
その頃、信たちは一度智也の家の前に集合し、どこを探すか考えながら駅の近くにある喫茶店で昼飯を食べていた。
そして夕方になり、智也が夢から覚めて目をあけると、真っ赤な光が飛び込んできた。
「うっ!」
眩しくて腕で目の部分を覆う。
(そうか…あのまま…みんな心配してるだろうな…心配?…どうして?…友達だから…信は、俺の…親友!…そうか、だからあいつは…それに…唯笑…かおる…村野さん…みなもちゃん…双海さん…希ちゃん…伊波…静流さん…ほたるちゃん…そして、小夜美さん…あれ?後一人…え〜と…)
肝心な彩花のことだけが思い出せなかった…。
「とにかく帰るか…ん?」
商店街に向けて歩き出したとき、下を見ると、夕日で赤く染まった大地に自分の黒く長い影があった。
(確か、他にも…!)
振り向くと真っ赤な夕日が目に入った。
(ここで…二人で…二人?…一人は俺…もう一人は?)
「智也…」
声がしたので振り向くと、後ろに立ってたのは…。
「…桧月さん…」
名前は知ってたが、友達の中に彩花がいることは思い出していなかった。
「夕日を見てるなんて、格好いいわね…もう、心配したんだからね。家にいなかったし、携帯も持たずに…どこ行ってたの?」
「ずっと、ここにいた」
「え?ここに探しに来たけど、いなかったわよ?」
「あそこにある木の海側にもたれて寝てたんだ」
智也は海に近いところにある一本の木を指差しながら言った。
「なるほど…あの太い木ならすっぽり隠れるわね」
彩花は夕日に向かって歩き出した。智也の前に出て少し離れたところで立ち止まる。
智也はそれを目で追うように振り向く。
(二人…もう一人は…桧月…彩花…は…俺の…恋…人…!)
この時、智也の頭の中ではガラスが割れるような音がしたという。
「智也…」
「ん?」
「もう…私達、戻れないのかな?」
彩花は沈んだ声だった。が…。
「そんなことはないぜ。彩花」
「!?…智也?」
智也の明るい声と呼び捨てにされたことに彩花は驚きながら振り向く。
「去年、ここで約束したよな?ずっと一緒にいようって…」
「え!?…ま、まさか!?」
彩花は驚きながら両手で顔を覆った。
「思い出したよ。今、何もかも」
「あ…あぁ…ぐすっ…んもう…馬鹿〜!」
彩花は両腕を広げて嬉し涙を流しながら智也に飛び込むと、両腕を智也の背中にまわした。
智也は左手を彩花の背中にまわし、髪を右手で優しく撫でた。
「もう、離れちゃぁ嫌だよ?」
「わかってる。もう離さないぜ、絶対にな…大好きだぜ、彩花」
「私も…智也が記憶を失っていた間も…これからも、ずっと…」
しばらくして、智也は彩花の肩にそっと触れてやんわりと身体を少しだけ離すと、彩花の目にたまっている涙を右手の親指でふき取った。
彩花は目を閉じ、智也はそれを確認すると彩花を抱き寄せ、彩花の唇に自分の唇を重ねた。
二人を見守るかのように夕陽が赤く照らしていた。
<あとがき>
このページだけで智也は記憶を失ない、そして戻りました。
もうちょっと長引かせようと思ったりもしましたが、ネタ切れでこうなりました。
短文ですが以上です。