ACT5

くるすの家は割と普通の一戸建てだった。
普通、というのは、周りの家と比べての事だ。
くるすは僕を客間に通すと、手にもっていた買い物袋の中身をキッチンにぶちまけた。
そう、文字通り。転んだらしい。

「いたたたた・・・」
「だ、大丈夫?」

手を取って立ち上がらせた後、散乱した食材を拾い集めた。
それでも一応庇っていたのか、とりあえずは全部無事だったようだ。

「これからご飯、作るの?」
「あ〜・・・そのつもりだったんだけどぉ・・・里緒くん、お腹空いてないよねぇ」

そう言って苦笑する。
僕は首を振って否定した。本当はあまり空いていなかったけど、ここでそう言うのも気が引けるし。

「・・・ありがと。じゃあぱぱっと作っちゃうねっ」

そう言ってじゃがいもやハムなんかを取り出して支度にかかる。
30分ほどで料理は出来上がった。1品だけなのはくるす曰く面倒だから。でも本当は僕に気を使ったんじゃないかとも思う・・・。

「待ってる間退屈だったでしょ?ごめんね」
「いや、そんな事ないよ。料理してるくるすって、新鮮だったし」

と、なぜかにやにやした顔で見られている。
そしてくるすは自分の姿をちらりと見、またこちらに向き返り、

「もしかして、エプロン姿とかの方がよかった〜?ボクもその方が気分のったかもしれないね。若奥様みたいな?あははは」

ぼっ、っと。顔が熱くなるのが解った。
別にそんな風に思っていたんじゃない。けど、どうしてこうも変な意識をさせる事を言ってくるのだろう、目の前で笑っているこの娘は。

「照れてる照れてる、あはは。顔が赤いぞぉ〜?」

そういうくるすも、僕には赤くなっているように見えていた。

(照れてるのはお互い様じゃないか)

心の中でそう反論して、でも本人には言えなかった。


テレビから今の僕にはよくわからないニュースが報じられている。
手元には先ほどくるすが作った料理。ピザの生地のところが薄くきったじゃがいもとハムになっている感じのものだった。
特別に美味しい、と絶賛するものでないにしろ、上手だと思えた。どちらかと言えば料理なんかは苦手そうだと思っていたけれど、意外とできるらしい。
・・・なんて考えが読まれたのだろうか。

「ボクだって料理くらいできるよ〜」

なんて言われて、自分はそこまで顔に出るタイプなのかと少し傷ついた気がした。
そういえば、と思いテレビに顔を向ける。もう1週間、なのに僕のことはニュースや新聞でも全く聞いた覚えがない。普通ならありえないと思う。僕は体格的に見ておそらく学生だろうし、たとえ1人暮らしをしていても長期休暇でもないこの時期、無断で1週間も学校を休んでいれば誰かしらが気付くと思うのに。
僕は誰で、本当はどこに住んでいて、家族は、友達は、学校は・・・そんな疑問を僕は一切抱かないで、ただ今は今の生活が続けばいいなんて思っていたけれど、だけどそれが正しくないって事くらい、本当はわかっ・・・

や  め  ろ

「!?」
「里緒く〜ん・・・どうしたの?気分悪いの?・・・もしかしてそんなに美味しくなかったの!?」

気がつけばくるすの顔が目の前にあった。それをくるすと認識する前に、兎に角僕は混乱していて、言い訳にしかならないけれど、勢いのままくるすを突き飛ばしていた。

「っ・・・たぁ・・・」
「あ・・・・・・」

我に返ると、くるすが少し離れた所で尻餅をついていた。それをやったのが自分だという事を理解するのに3秒ほどかかって、それからどうすれば良いのか2秒ほど考えて、

「ご、ごめっ、その、今僕ぼーっとしてて、なんだか、そのっ、ごめんっ」

我ながら訳のわからないことを言ってると思いながら、くるすを立たせた。くるすは涙目でこっちを睨んで、

「えいっ」

っとでこぴんをかまして(結構強かった)、それで水に流れた。



「居ない・・・どこに行っちゃったんだろ・・・」

夜の公園は静かで、カップルがベンチで熱い会話を交わしていることなど全くなく、ただ聞こえたのは、そんな寂しそうな呟きと、風が鳴らす木々の囁きだけだった・・・。


部屋自体は割と整っているんだけれど、そこかしこにある人形が整頓というイメージを僅かに邪魔して、それでも乱雑とは思わない、そんな部屋がくるすの部屋で、何もない瑠璃の部屋とのギャップに少したじろいだ。女の子の部屋というのが余計に意識されて。

「ごちゃごちゃしてるでしょ?もう少し片付けておけばよかったぁ〜」
「いや、そんな事は無いと思うよ・・・。」

なんとなく照れてしまって声が小さくなる。それを取り繕ってるだけだと取ったのだろうか、くるすの顔が少し悲しそうに歪む。いや、本当に違くて、ちょっと恥ずかしくなってただけ、と言い訳(事実だけれど)した所、別の意味でくるすは俯いてしまった。
くるすはもってきた紅茶をミニテーブルに置いて、何も入れずに一口啜る。僕も習って一口飲んで、勉強用のデスクの上に目が行った。数枚のプリントと教科書が置いてあった。

「あれさ、宿題?」

端的に疑問を口に出すと、くるすの肩がビクッと・・・次いでギギギギ、とでも音が鳴りそうな動作でこちらへ顔を向けると、不自然なくらいにこりと笑って、

「幻覚だよ」

と笑顔で言い放った。
プリントを見てみると、たくさんの数字と僕には理解不能な記号とがたくさん書かれていた。算数のプリントなのかな?とりあえず全く解らない・・・。プリントの上の方に〈数学U 宿題プリント〉と書かれていた。

「手伝ってくれる〜?」

割と泣きが入った声で聞かれた。とはいえ手伝うも何も僕も全くわからないんだから手伝いようがない。苦笑しつつ、僕もわかんないや、と答えるととても微妙な顔で笑った。


もうそろそろ時間だし寝ない?と切り出したら一緒に寝ようなんて言われたので即座に断りを入れて冗談だよ〜と言いながら隣の部屋に案内してくれた。
親の部屋かと聞いたら、空き部屋でベットはないけど布団はあるから、と言いながら布団を出そうとして危なげな感じがしたので手伝ったら2人して布団に押し付けられた、
というのが今の状況だった。つまり僕の上にはくるすが乗っかっていてその上に敷布団や掛け布団が乗っかっているという状態で、僕は思わず重い・・・と漏らしてしまいくるすと布団をどけた後、割と傷ついた表情でくるすがこっちを見ていた。

「いや、重いって言うのは布団があったからで決してくるすが重いなんていったんじゃなくてだからほら気にしないで・・・っ」
「うん・・・」
「あー・・・ぅー・・・」
「・・・・・・」
「うあー・・・」
「・・・・・・うりゃっ!」

ぼす、と。
まだぐちゃぐちゃの布団の上に、気付けば押し倒されていた(普通逆じゃないか、かっこ悪い)。
くるすが僕の左胸のあたりに耳をあてて、そのままじっとしている。僕も動くに動きがたい、そんな感じだった。

「・・・・・・」
「・・・あの、くるす・・・?」
「・・・・・・」
「え・・・っと・・・」

僕は照れと恥ずかしさで何を言えばいいのか解らない。くるすは何を考えているんだろうと思い、首だけを動かしてその顔を覗き込んだ。
そこには顔を真っ赤にしてじっとしているくるすの顔・・・ではなく、何故か目を見開き、そう、何かに驚いたそんな表情をしていた。

「くるす・・・?」
「・・・・・・」
「ねぇ、どうしたの?」

何故か不安にかられて、体を起こした。自然くるすの頭も僕の胸から離れて、その目は僕をまっすぐに見つめていた。さっきと同じ、驚きに目を見開いて、ただ少し、怯えのようなものが混じったような・・・。

「・・・里緒くん・・・」
「な、なに・・・?」
「・・・・・・な、なんでもないっ。おやすみっ!!」

あわただしく部屋を出て行くくるすを、僕は呆然と見送っていた。



あとがき的座談会のはずがモノローグ(?)
瑠璃(以下 瑠)「皆さん、年単位でお久しぶりです。今日は私一人に任せられてしまいました。本当は作者が居る筈だったんですけど・・・今ごろ星になっているかもしれませんね。
さて、今回は随分と怪しげな展開になってますね。読者の人は何が起こっているのか、多少予想は出来ているかもしれません。その予想があっているかどうかは・・・この先をお楽しみに。当たっていても間違っていても、楽しんでもらえると嬉しいです。
あ、そうでした。何せ作者がずっとこのお話を書いていなかったので、文の印象等変わってしまっているかもしれません。作者も以前の物を読み返して、できるだけ変わらないように書いたつもりなのだそうですけれど、文のクセみたいなものはどうしても無理だった、との事なので・・・。変わったな、と思われた人も、変わらないよ、と思われた人も、これから終わりまでの間、変わらぬお付き合いをお願いいたします。・・・いえ、むしろ作者の方がもっとしっかりするよう変わった方がいいですよね。言い聞かせておきます。
私一人なのでこのコーナーも大分雰囲気が違っていますし、そもそも読みにくそうなので、このあたりで終わろうと思います。
それでは。ここまで読んで頂いてありがとうございました」



フェレット「・・・・・・死ぬ、死ぬ・・・」
里緒「・・・・・・」(無言で踏みつけ)
くるす「ていていてい」(楽しそうに踏みつけ)
瑠「・・・あら?」

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