第2話

「文化祭」

そして、待ちに待った文化祭。それまでの間、平日や休日を問わずに俺はかおるたちと会って練習をしていた。
信たちはというと、俺がバンドを抜けた日からの状態がずっと続いていた。もちろん、彩花や唯笑とも口を聞いてない。
だが、かおるたちとバンドを組む前とは違って孤独な感じは少しも無かったうえに少しも気にならなかった。
気になるとすれば、彩花とみなもちゃんの従姉妹としての関係だった。
このまま続けば二人の関係は崩れてしまうのではないかと心配だ。本人は少しも気にしてないみたいだが…。

・・・・・・。

そして、文化祭が始まり、演劇をやったりそれぞれの部活での出し物を出したりとプログラムは進み、いよいよ個人の出し物へとなった。
演劇では一人だけ目立っていたことを付け加えておこう。
ところが、今回は出したい物がなかったのか、二組だけだった。つまり、俺達と信達のバンドだけ。
順番は自由ということになってたが、俺達の意見を聞かずに信は自分達の準備を始めてしまった。
「稲穂君、あんなキャラだったっけ?」
かおるが俺の耳にだけ聞こえるように話し掛けてくる。
「あいつが先に行くのは今に始まったことじゃないけど、いつもなら一言言ってからだ」
そう、信はいつもなら笑顔で「俺、先に行くぜ」と言ってからなのだが、今日は違った。
それどころか、彩花と唯笑・相川や西野も声をかけづらい雰囲気を残してステージへ上がっていった。
そして、メンバーの紹介が始まる。
「まず、メンバーの紹介をします。指揮者は俺、稲穂信。ヴォーカルは桧月彩花さん。キーボードは今坂唯笑さん。バイオリンは飛世巴さん。ギターは相川省吾君。ドラムは西野浩一君。そしてピアノに特別ゲストを用意しました。この澄空学園の卒業生、購買部のお姉さんでおなじみの霧島小夜美さんです」
名前を呼ばれた一人一人が軽くお辞儀をしていく。メンバーの紹介が終わるとみんなそれぞれの位置に着き、演奏を始めた。

俺達は楽屋裏にいる。
かおりさんは客席のみんなに気付かれないように全体が暗くなってから入ってきた。
メンバーに入れるのは、“学校の生徒でなくてはダメという決まりが無かった”のでかおりさんをメンバーに入れることに抵抗は全く無かった。
「そう言えば、小夜美はここで購買部をやってるって言ってたわね」
かおりさんが話し掛けてきた。
「ご存知なのですか?」
俺が聞こうとしたことを双海さんが聞いた。
「うん、小夜美とは高校のとき一緒だったから。大学は違うけど、噂は聞いてるわ。経済学部のくせにお釣りを間違えまくってるってね」
それを聞いて笑いそうになった。釣り間違いは知ってたが、経済学部だったとは…。
俺達の会話にかおるやみなもちゃんも加わった。

やがて、演奏は終わり、観客からの拍手を信たちは浴びる。
彩花の歌声は聞いてて魅入られそうになるぐらいだったが、どこかぎこちないものを感じた。
まるであの時の俺みたいな“やりたくてやってるわけじゃない”という本当の気持ちを訴えているような…。
彩花たちはともかく、信からも感じたのが疑問だった。
信たちがステージの向こう側から降りたのを皮切りに俺達がステージの真ん中に上がり、みんなが俺の後ろに横一列に並んだのを確認してマイクを手に取り、メンバーの紹介を始めた。
「えーまず、メンバーの紹介をさせていただきます、三上智也です。メンバーは皆さんから見て左からオカリナの音羽かおるさん。バイオリンの双海詩音さん。ギターの伊吹みなもちゃん。そしてこちらにも特別ゲストを用意してあります。藍ヶ丘大学の音羽かおりさんです。どうぞ!」
言い終わると同時に観客は驚きの声を上げる。そしてかおりさんが俺がいる所へ歩いてきた。
俺がマイクを渡すとかおりさんは自己紹介を始めた。
「こんにちは。1ヶ月ほど前にこの学校に転校した音羽かおるの姉でかおりといいます。購買部の小夜美とは高校時代の同級生でした」
自己紹介が終わると、かおりさんは緊張ほぐしのためか、小夜美さんの恥ずかしい過去を暴露し始めた。
何か一つ言う度に観客席から笑い声が聞こえる。
当然ながら小夜美さんは止めに入ろうとするが、小夜美さんを目の前にしてもかおりさんは暴露をやめなかった。
それどころか、「嘘を言われるのとどっちがいい?」と言って押さえつけた。
俺にもあんなことができたら…と思ったのは言うまでもないだろう。
かおりさんにマイクを返してもらった俺は、演奏する曲は2曲あることを説明し、みんなそれぞれの位置についた。
指揮は最初だけ双海さんがやって、そこから演奏していく。観客はそれに疑問を持ったみたいだが、俺は気にしなかった。
言い忘れていたが、俺達のバンドには指揮者がいない。練習のときもずっとそうだった。
そのため、途中から演奏が入ることになってる双海さんが最初だけ指揮をしてそこからは俺達が息を合わせていくのだ。
演奏を始める前、みなもちゃんは緊張でガチガチだったが、今は落ち着いているようだ。
安心した俺は自分の演奏を始める。
そんなこんなで最初の演奏は無事に終わり、観客からは信達のときよりもちょっと大きな拍手をあびた。
俺はマイクを手に取って次の曲の説明を始めた。
「次に演奏するのは、かおりさんが出身地を想って作った歌だそうです。曲名は「遠い故郷」最初は歌の部分を俺がオカリナで演奏し、次からはかおりさんが歌います」
かおりさんが俺が持っていたマイクを受け取り、俺は後ろに下がってオカリナを手に取り、双海さんの指揮を合図に演奏を始めた。
ちなみにギターはみなもちゃんとかおるが交代した。

そして、2曲目の演奏が始まる。
俺がオカリナで演奏し終わった後、オカリナで吹いていた部分をかおりさんが歌い始めた。
練習で何度も聞いていたが、その度に魅入られそうになった。

やがて、演奏が終わり、1曲目よりも更に大きな拍手を浴びた。
かおる達が横一列に並び、俺は前に出て礼をすると、信が上がってきた。
「智也…」
信の表情はちょっと悲しげだった。
「どうした?」
「負けたぜ。やっぱりお前には敵わないな」
理由を聞くと、信は俺にできて自分にできないものがあることに劣等感を感じており、同じもので俺に勝とうと考えていた。
「バンドを結成したとき、練習中に智也が抜けることは作戦通りだったが、音羽さんと双海さんとみなもちゃんが抜けたことが予想外だったよ」
しかも俺達が自分達でバンドを結成したことを知って焦った。
「その時点で俺の負けだってことはわかってた。だけど、ここまでやったのに解散するわけにもいかなかったからな…それにどこまでやれるか試したかったんだ」
「勝とうと思うからやりたいことも出来なくなるんだ。俺達はお前との勝負なんて少しも考えずに自分に出来ることを最後までやり通したんだ。な〜んて言ってるけどな、俺達のバンドをやろうと言い出したのは俺じゃないんだ」
「え?」
信は眼を丸くして俺を見た。
俺達のいきさつを説明すると、信はいつもの笑顔になった。
「ははは。じゃぁなるようにしてなったってわけだ」
「そういうことだ。それにお前だって、俺にできないことを目の前で何度もやってるじゃないか」
「え?」
信はまた眼を丸くした。
「俺に出来て、智也にできない…?」
「あぁ。テスト勉強とかどうとか口実をつけて女の子に声をかけて、そこからナンパに発展させるお前の方が凄いと俺は思うけどな」
マイクのスイッチが入ってたので客席にも丸聞こえだ。そのため、観客が一斉に笑い出す。
信を見ると顔が真っ赤だった。
彩花たちが上がってくる。演奏を始める前までの声をかけづらい雰囲気は少しも無く、微笑んでいた。
みんな一人ずつ握手をし合った。観客席からは今まで以上に大きな拍手が出る。

こうして、この日の文化祭は幕を閉じた。

・・・・・・。

次の日の朝、文化祭での興奮が冷めなかったのか、教室でみんなが俺とかおるにオカリナの曲を聞かせてくれと催促してきた。
「困ったなぁ…」
俺の呟きを聞いてかおるはくすくすと笑った。
「いいじゃない。やろうよ」
「まぁそうだけどさ…」
「姉さんのことなら大丈夫。昨日やったとおりにすればいいんだから」
と余裕の状態だ。
「何だ?かおりさんのことって?」
信がかおるの一言を聞いて歩み寄ってきた。
「あぁ、実は…」
俺はかおりさんに約束されたことを簡単に説明した。
「いいじゃないか。やれよ」
「簡単に言ってくれるけどな。昨日と比べるとハーデストだぜ」
「見る人と場所が違うだけじゃないか。どこがハーデストなんだよ?」
…。よく考えてみれば信の言う通りだ。見る人が違う。場所も違う。ただそれだけなのに…。
何に拘ってたのだろう?…日にちだ!
かおりさんとの約束の日は学校では中間試験の真っ只中。
そんなことを考えている最中に朝のHRが始まり、皆席に戻った。
俺は肘をついて窓の外を見ていた。
「…朝の連絡事項は以上だ。…っと、三上」
「え?あ、はい。何でしょうか?」
突然呼ばれて驚いた。
「昨日の文化祭のバンドはよかったぞ。また聞かせてくれ」
「それは構いませんが…」
語尾を濁すと、担任は何かに感付いたのか、聞いてきた。
「何かあったのか?」
「はい。実は…」
俺はかおりさんと約束したこと、そしてその当日が中間試験の真っ只中だということを話した。
「それなら心配するな。追試を受ければ補完できるだろ?」
「で、でも…」
「あの音羽の約束だからな。破ったら何をされるかわからんぞ。今はそっちを優先しろ」
「え?かおりさんを知ってるのですか?」
聞くと、担任は以前はかおりさんの担任をやっていたらしい。
ある日、かおりさんに事を頼まれてそれを忘れ、かなり酷い目に遭わされたとか…。
その内容を聞いて血の気が引いた。皆を見ると顔が真っ青。当然かおるもだ。
冗談じゃない。そんなことをされた日には次の日に生きてるかどうかさえもわからない。
「だから当日は任せておけ。そのかわり、追試はしっかりやれよ」
「…わかりました」
俺の一言を聞くと、担任は青ざめた顔をしながら教室を出て行った。
「なんとかなったな」
信が笑顔で言い寄ってきた。
だが、本当にどうなることか…。


<あとがき>
あまりにもあっけなく信達との関係はもとに戻りました。
しかし、これからどうなることか…。
次回にご期待ください。
短文ですが以上です。

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