第4話

「約束の意味」

藍ヶ丘大学の文化祭が終わって数日が過ぎた。中間試験の追試はかおりさんを先生に勉強を必死でやってなんとか突破した。
いろいろなことが一度に起こった後はかなり静かなものだ。そのはずなのだが、また新たに騒ぎが起ころうとしていた。
かおりさんが突然大学を辞めて姿を消し、住んでいた家も引き払われたので、かおるは残された置手紙の指示通りに俺の家から学校に通うことになった。
それを聞いて騒がなかった人はいない。彩花や唯笑だけでなく、信やかおるファンの連中が俺に抗議を叩きつけてきた。
俺は唯一の証拠でもあるかおりさんの置手紙を見せてなんとか納得してもらい、騒ぎは治まった。
だが、かおるはかおりさんが突然姿を消したことに疑問を持っていた。
かおるだけではない。小夜美さんや静流さん、そして双海さんやみなもちゃんまでもがかおりさんの失踪に疑問を持っていた。
「姉さん、いきなりどうしちゃったんだろ?」
「さぁ…かおるが知らないことを俺に聞かれても…」
時々、かおるは俺にかおりさんの事を聞いてくるが、こんな感じで聞き流している。
他にどう言えばいいのかわからない今はこうするしか他に無いからだ。
下手な嘘でかおるを余計に不安にさせてしまうのは避けたかった。

2週間ほど前…。
放課後、俺はかおりさんに会うために一人で大学に行った。
「あ、三上君」
文化祭の時、待ち合わせ場所だった一本の木の根元に座っていた俺の姿を見つけたかおりさんが駆け寄ってきた。
かおりさんの声を聞いて立ち上がる。
「あの返事ね?」
あの返事とは、文化祭の時にかおりさんに頼まれたことである。表情からすぐにわかったのだろう。
「はい」
「で、どう?やっぱり駄目かな?」
「…しばらくの間、色々考えました。でも、どうしてもかおるのことが頭に浮かんできて…こうすることでかおるの寂しさが和らぐなら…」
「そう…ありがとう…ごめんね、こんなこと押し付けちゃって…」
かおりさんは哀しげな表情になりながら言った。
「事情が事情なだけにしょうがないかなと思います。むしろめでたいことなら喜んでいいんじゃないですか?」
俺は真っ直ぐかおりさんの目を見ながら言った。
「そうね。私にとってはずっと願ってたことだったから。そのときが来たら、私からみんなに言うから」
「わかりました」
俺はそれだけを言ってその場を後にした。

それから2週間。俺はかおりさんとの間にあったことの全てを忘れたかった。
1ヶ月過ぎるまで、約束を守り通せるだろうか?
(…かおりさんはもちろん、俺にとってもこれでいいんだ)

それからあっという間に1ヶ月が過ぎた。何とかこの日までかおりさんとの約束を守り通したのは、自分でも凄いとしか言いようが無い。
だが、誰から話そうかを考えている時に玄関のチャイムが鳴った。
「はい…って、え!?」
ドアを開けると、そこには双海さん、みなもちゃん、小夜美さん、静流さんがいた。
「どうしたんだ?皆揃って…」
理由を聞くと、かおりさんの手紙がポストに入っていて、内容は、失踪した理由について今日俺の家に来れば、全てが明らかになるとの事だった。
俺は皆を居間に招き、輪になって床に座った。
「かおり、まだ来てないね」
小夜美さんが不意を撃つかのように聞く。それに合わせるかのように、そうだねと言う声が飛び交う。
だが、俺はそれを止めた。
「かおりさんは、来ません」
この一言で視線が俺のほうに一気に集中する。
「どうして?」
静流さんが聞いてくる。
「これを見ればわかります」
俺は近くにおいてあったテレビのリモコンを手にとってテレビの電源をつけた。すると…。
!!!!
当然、皆は驚きの表情になる。なぜならテレビに映ってたのは…。
「かおり!」
「どうして!?」
静流さんと小夜美さんが声を荒げる。
かおりさんが映っていたのは歌番組で、あるバンドのドラムを担当していた。
「みんなをびっくりさせたかったらしいです。だから今日までみんなには黙ってくれと言われて…」
一時の沈黙…。それを破ったのは俺だった。
「俺、藍ヶ丘大学の文化祭の時、かおりさんに相談されてました」

「私、しばらくしたら大学を辞めて家を引き払うことにしてるの」
「ど、どうして!?」
「私、ずっと夢に見てた、澄空出身の人たちで結成したバンド、『クリアブルー』のドラマーとしてデビューすることになったの」
「!!」
「そうなると、大学辞めないといけないし、家にもいられないから、かおるのことを誰に頼もうかをずっと考えてたの」
「どうして俺に?」
「かおる、最近は口を開くと三上君の名前が必ず出てくるの。だから、三上君ならいろいろな意味でかおるの力になってあげられると思って…」
「…」
「後のことは頼むわ」

「そんなことが…」
双海さんは今にも消えてしまいそうなほど小さな声で言った。
しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのは小夜美さんだった。
「かおりらしいよね…」
それを聞いて静流さんが頷く。

そんなこんなでいつの間にか昼過ぎに。みんないろんな一言を言いながら俺の家を後にした。俺の家には俺とかおるの二人しかいない。
かおるは一言も話さない。俺も何を言ったらいいのかわからなかった。
「まったくもう、姉さんったら私にも内緒で…」
かおるは皮肉っぽい口調だった。
「姉さん、私がこっちに転校してきて久しぶりに会った時、いつもより活き活きしてたから何か変だと思ってた」
かおるを見ると、俺の目の前で俯きながら立っていた。
「そう言えば、俺たちのバンドの話をしてたときに急にドラムやらせてくれって言ってきたっけ」
「姉さんの気持ちはわかるけど、私にも話して欲しかったよ」
このときのかおるは口調は皮肉でも屈託のない笑顔だった。
「智也…」
俺を呼びながら俺の横に笑顔で座る。
「ん?」
「もし、スカウトの話があったとしても、その時は今回みたいに隠し事はせずに話して。その日まで一緒にいようよ」
俺は何も言わずに頷いた。
「約束だからね?」
「わかった。かおるもそうしてくれ」
かおるは頷き、目を閉じて一瞬だが俺の唇に自分の唇を当ててきた。
約束の証としてはこれで十分だった。

それから数日が過ぎ、俺はかおると二人でかおるの実家に帰ってたかおりさんに会いに行った。
「三上君には悪いことしたわね」
「気にしないでください。めでたいことでしたし」
「だけど、私にも何も言わないなんてずるいじゃない?」
かおるはジト目でかおりさんを見たが、かおりさんはあっさりと流した。
「こういうめでたいことは当日まで内緒にしておくものよ」
これを聞いてかおるは呆れた。俺も顔には出さなかったが、内心では呆れてた。
「三上君、かおるのこと、お願いね?」
「わかりました」
「智也…」
この後は近くにある喫茶店で3人で食事をして二人で帰っていった。


<あとがき>
ここまで書き上げるのにどれだけかかったことか…。
もう忘れられているかもしれません。
それでも読んでいただければ幸いです。
短文ですが、以上です。

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