音緒の看病

作者:都波 心流

オレは、風邪でぐったりしている。
シンが見舞いがてらに家に来てくれた。

「バカの頂点を行く者が、こんな所で風邪を引いてどうするんだ?」
「……くっ」

言い返してやりたいが、そんな元気もない。
熱があるみたいで頭がボーとしてしまう。

「あ、コレはマグロ―からの見舞い品だ」

マグロ―とは魚力という魚屋の息子で、オレ達とつるんでいる仲間だ。
ということは生もの確定だな。
まあ、今にオレに考えるという力はない。

「生ものだから冷蔵庫に入れておくぜ」
「サンキュー」
「おっと、そろそろバイトの時間だな。じゃあな」

一方的に言いたいを言ってシンはそそくさにバイトへと向かっていった。
カレンダーを見ると今日は日曜日。
あ、そういえば……。
オレはダルそうにしながらも電話を掛ける。
コール音が頭の中によく響く。

「ショーゴ君?」
「うん……そうだよ……」
「どうしたの?」
「ごめん……なんか朝から頭痛がして……熱があるみたい」 
「えっ、ホント、大丈夫!?」
「うん、寝てたら治ると思うから、ごめん、今日の映画はキャンセルにして」
「あー、うん。風邪なら仕方ないもん」

音緒ちゃんの声が一瞬沈んだ。
本当に申し訳なくて謝るしか術がない。

「ごめん……」
「もうっ、だから言ったじゃない!!宿題溜めているからって徹夜でやっていたら体調崩すよって!!」

睡眠時間を削って単位確保の為に徹夜の連続だった。
オレはこの暑い時期に風邪なんてひくかよって高笑いしていた。
やっぱ宿題は地道にやるべきだったのだろう。

「うっ、返す言葉もないよ」
「あーもう、そんな事言ってるんだったら電話切って寝てて!!今からショーゴ君の家に行くから!!」
「え……いいよ、風邪うつるかもしれないし」
「もう〜、こんな時に遠慮しないの!! 何か欲しいものある?」
「ううん……とくに」
「それじゃ、私のお任せというでいいよね」
「うん」
「じゃ、大人しく寝ててね」

最後は少し優しい声を聞かせて電話が切れた。
何とか電話を置いてそのままベッドにバタンと倒れ込む。
一体、何度熱があるんだろう?
少なくとも微熱レベルではないみたいだ。
全身がダルくなってきたオレは目を閉じて浅めの眠りについた。



なんとなく気配を感じたオレはそっと目を開ける。
すると、目の前には音緒ちゃんがいた!!

「うわぁ……ううっ」

慌てたオレは飛び起きようとしたけど、
頭痛がして出来なくて彼女に心配かけてしまう。

「だ、大丈夫、ショーゴ君!?」
「いつ来たの?」
「んーと、ちょっと前。下でベル鳴らしても返事ないから、部屋で倒れてるんじゃないかなぁって心配で……」

音緒ちゃんがキッチンの方でゴソゴソやっている。
そして、こちらにやって来て、パッとオレがあげた合鍵を見せた。

「勝手に入って来ちゃった」
「……」
「ごめん、余計な事をしちゃったかな?」
「いや……ありがとう」
「てへ♪」

音緒ちゃんは、嬉しそうに微笑んで看病に戻る。
まだ呆然とした頭の中で感謝の気持ちを抱く。
完治したら何かしらにお礼をしないとな。

「ねえ、ショーゴ君はゴハン食べてないでしょ?」
「食欲ねえから……」
「ダメだよ。ちゃんと栄養をとってから、休まないと治らないよ」
「め、面目ない」

しょうがなさそうにしながらも、どこか嬉しそうにしている音緒ちゃん。
リビングで買い物袋の音がする。
どうやらここに来る前に買い物に行ったみたいだな。
まあ、冷蔵庫の中はほとんど空っぽであることを先読みしたのだろう。
実際に料理作らないから材料なんてほとんどないし。
しばらくしてから音緒ちゃんが小さな鍋を持ってこちらにやってきた。
オレはダルそうに起き上がってそれを迎え入れる。
「はい、どうぞ」
「……いただきます」
そう言って蓋を開けると何かデザート風のヨーグルトみたいなもの。
食欲がないオレでも受け入れやすい香りがする。
「これ、なに?」
「えへへ、企業秘密だよ♪」

彼女はフードジャーナリストのデザート専門を将来の夢としている。
それを実現するため、色々なデザートを研究もしている。
まぁ、これは妹さんの深歩ちゃんから聞いた事だけどね。
口に入れてみると妙にアッサリしていて甘味も抑えていた。

「食べやすいね、コレ」
「うん、深歩が風邪をひいた時にはよく作ってあげるんだよ♪」
「へえ〜」
小さな鍋はアッという間に平らげてしまう。
音緒ちゃんは嬉しそうにリビングの洗面所で後始末をしている。
オレはお手洗い場で向かおうとすると、近くにあった本で足を引っ掛けてしまった。
「あうっ……」
バタンと大きな音を出してしまい、その音を聞きつけて音緒ちゃんがやって来る。

「ショーゴ君、大丈夫!?」
「ううっ、痛い……」
「もうっ、何で寝てないの!?」
「トイレ……」
「言ってくれたらちゃんと付き添ってあげたのに!!」
「さすがにそこまでは……」
「もう遠慮はしないでって言ってるでしょ!!」
「うわぁ〜」
音緒ちゃんのをかりてトイレへと向かう。
そして出た後も同じように肩をかしてくれてベッドまで案内してくれた。
「はぁ……」
「どうしたの? 辛いの?」
「いや、なんか全身が寒くて」
オレがそう言うと音緒ちゃんがオレの服に手を触れる。

「汗かいているから冷えてるんだよ。着替えはあっちのタンスだよね?」
コクンと頷くオレを見た後、彼女は着替えを探してこちらに持ってきた。
「ありがとう」
「あ、手伝うから、ショーゴ君おきるの辛いでしょ?」
「だ、だ、大丈夫だよ」

さすがにそれはちょっと……上だけならともかく……。
恥かしくて、年頃の女の子に見せるのは抵抗がある。

「照れない照れない♪ 私は気にしないから♪」 
「オ、オレが気にするよ!!」

だが、弱っているオレに抵抗の術はなかった。



「39度4分」
着替え終った後、ついでとばかりに体温計で熱を計られる。
微熱ではないことは覚悟していた。
改めて口で温度と言われると結構辛い。
いや、それ以上に……見られちゃった事がショックだ。
羞恥心がオレを襲い、彼女から視線をそらしてしまう。
そんな仕草を見て彼女は楽しそうに微笑んでいる。
「もうお婿にいけない」
「ふむふむ、それなら私が責任持って貰ってあげるから♪」
そんな大胆発言にオレは苦笑してしまう。
音緒ちゃんが、そっと額に冷却シートを被せてくれた。
……ひんやりして気持ちいい。
「あ、これ飲んでおいて」
鎮痛剤か?
確かに、頭痛がひどくて眠りがどうしても浅くなる。
風邪の治すには栄養を付けてたっぷり眠ることにあるから、この頭痛を和らげてくれる薬はとてもありがたい。
リビングに行ってコップに水を入れてきてくれた。
「はい、あ、飲める?」
飲めないことはないが、首をもたげるのはかなりキツイ。
頑張ろうとするオレに音緒ちゃんと優しく起こしてくれる。
「う〜ん、ストローでもあったらいいんだけど……」
「ないよ、使わないから」
「どうしよう……あ、そうだ!!」
「?」
「ねえ、ショーゴ君。ちょっと目を閉じてて」
「なんで?」
「なんでも!! 私がいいっていうまで開けたらダメだからね!!それと口も開けておいて!!」
先ほどの着替えの一件で抵抗力をなくしているオレ。
素直に目を閉じて音緒ちゃんの言う通りにする。
「んっ!!」
突然、口に当たる柔らかな感触に驚いても、言い付け通り目は固く閉じたまま。
そのまま流れ込んでくる薬を飲み込んでいった。
ただの水のはずなのにほのかに甘味を感じてしまう。
飲み終えても彼女はオレを解放しない。
「ん……んんっ……ふっんん……」
「んっ……」
静かな部屋に互いの熱が伝わってくる。
目を閉じているせいでより強くそれを感じ取る。
ひたすら相手の想いを受け止めて熱い吐息を向こうに返していく。
そして、相手も同じように熱い吐息を送り込んできた。
「「はぁ……」」
唇が離れると互いの熱い吐息がこぼれた。
オレはふと目を開けてしまう。
「もうっ、いいっていうまで開けないでって言ったのに」
音緒ちゃんの顔は伝染したかのように真っ赤だ。
きっと、オレも同じように真っ赤に染まりきっていることだろう。
「その割にはやけに嬉しそうだね」
「だって、今のショーゴ君とても可愛いもん♪」
可愛いと言われてオレは複雑な顔をしてしまう。
それに気にすることなく音緒ちゃんは話し掛けてくる。
「弱ってるからかなー。なんか守ってあげたくなっちゃうの♪」
「そ、そう……」
苦笑以外に出来そうな行動はなかった。
「あ……あのさ……」
「ん? なに、ショーゴ君?」
視線をチラチラさせながら、照れくさそうにオレは呟く。
「ね、眠ろうと……思うけど……さ」
「うん?」
「音緒ちゃんは……その……帰っちゃうの……かな?」
「……ショーゴ君はどうしてほしい?」
音緒ちゃんは全てを察したかのようなイタズラっぽい目で言う。
ああいう目をされるとオレは素直になれない。
「うっ……べ、べつに……」
「ふ〜ん、そうなんだ。じゃ、今日はこれで帰るね」
「えっ?」
「ゆっくり安静にしてね」
そう言って、切り捨てるかのように立ち上がろうとする。
考えるより先に音緒ちゃんの袖を握って動きを止めた。
「んっ?」
「……やだ」
「……」
「行ったら……やだ」
我侭な子どものように袖をグイグイさせながら小さく呟く。
無性に寂しさと心細さがこみ上げてきてしまう。
それと同時に、そんな風に言う自分に恥じらいが生じてしまい、彼女の顔をまともに見れないまま視線を逸らしてしまう。
「ふふっ、も〜う、最初から素直に言ってくれたらいいのに♪」
「ううっ……」
「そんな泣きそうな顔しないで、こっちが苛めてるみたいだよ」
「……意地悪」
「じゃあ、帰ろうかな」
そう言われて激しくイヤイヤをしてしまう。
くぅ〜、本当に悔しい、でも帰られるのは不安だから。
風邪のせいだ、これも風邪だから悪いんだ。
普段のオレだったらこんな事ないからな、絶対に。
「今日は深歩と二人だけだからね」
「えっ、両親は?」
「親戚の方に用事があって今日は帰って来ないの」
「……」
「深歩には既に連絡して泊まるって言ってあるもんね♪ちゃんと着替えも持ってきたし」
「か、確信犯……?」
「だって、こうでもしないとショーゴ君、本音言ってくれないもん」
「そ、そんなことないよ」
「そんなことあるよ……ねえ、ショーゴ君」
「な、なに?」
ふと真面目な顔をする音緒ちゃんに戸惑うオレ。間もなくして彼女が口を開いた。
「もっと甘えてもいいんだよ。変に遠慮したりしなくてもいいんだよ」
「……遠慮してるかな?」
「うん、してる。私はショーゴ君にたくさん甘えているのに、ショーゴ君は私に甘えてこないもん」
言われてみれば何となくそんな気がしてくる。
単純に甘えるのは恥ずかしいというのがあったのかもしれない。
それが逆に音緒ちゃんに不安を持たせてしまったみたいだ。
「べつに私みたいに甘えてなんて言わないよ。でも、今みたいにもう少し我侭を言ってくれたほうが私は嬉しいなぁ」
「……わかった……じゃあ一つお願いがあるんだけど……」
「なに?」
「その……眠るまで……手を……つないでほしい……なぁ」
彼女はお安い御用というばかりにそれに応じてくれる。
オレは柔らかな手のぬくもりを感じながら眠りについていった。


END

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