正直な心
作者:都波 心流
日差しと窓の外にいる鳥の鳴き声が朝を知らせてくれた。
軽く呻き声をあげてから、オレは目を覚ましていく。
隣には可愛い寝顔で眠っている恋人がいます。
オレの名前は、和田 八雲(わだ やくも)。
そして、彼女の名は、立花 香織(たちばな かおり)。
同じコンピュータ専門学校に通っている。
お互いの将来の夢はプログラマになることだ。
今年入学したばかりで、色々と戸惑うことは多々ある。
それでもお互いに上手くやっている。
お互いに一人暮しで、今は彼女のマンションにいる。
いつも来るたびに思う。
ボロボロのアパートに住んでいるオレとは大違いだ。
「zzzZZZ」
あまりに無防備な寝顔。
オレは彼女の頬を軽くツンツンした。
香織が呻き声をあげて寝返りをうつ。
それが面白くてたまらない。
何度も、何度も、ツンツンを繰り返してやる。
「……なにしてんの?」
どうやら途中で起きたようだ。
ちょっと調子に乗ってしまったのかも。
どことなく不機嫌そうな顔をしている。
正直にいっておこうと。
「香織を使って遊んでました」
「もうっ、人の顔で遊ばないで」
「ごめんごめん、さっそく朝ゴハンにしよう」
「うん」
オレは朝食を作って彼女と一緒に食事しながらの会話。
ありきたりだけど貴重な時間だと思う。
飲食バイトの経験が長いから料理の方には多少の自信がある。
家事をするのは嫌いではない。
むしろ、彼女と一緒に家事をするのが楽しい時さえある。
食事を済ませ、オレ達は専門学校へと向かった。
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専門学校の一年生は講義が大半である。
パソコンを触ったことがない初心者からスタートするからだ。
最初は比較的に簡単かもしれないが、
先輩の体験談だと後々になって苦労をするらしい。
専攻によっては課題の山になる科目があるという噂だ。
ちなみに、オレの席は一番前の入り口の端っこ。
その後ろの席に香織が座っている。
基本的に席は自由である各自の早いもの勝ちなのだ。
オレは目の前にある講義に全力を注ぐまで。
……しかし。
「zzzZZZ」
何気に後ろを見ると香織はグッタリしている。
講義中に先生の催眠術にかかったらしい。
机に伏してるのは香織以外にもあと数名いるぐらいだ。
積極的に授業を受けるオレとしてはダウンなんてしない。
科目によっては、半数以上が眠っている学生も出てるらしいが、オレは全科目でも必ず生き残って学習を続けている。
オレの場合、漠然と大学で学ぶより、自分のやりたい専門分野で手に職をつけたい。
そんな目標があるから周囲の意見に振り回されず専門学校を選択している。
今の所、それで後悔する点は一つもない。
プリントが配られて後ろを回すとき、香織の肩をたたいて起こした。
「ううん……」
香織はダルそうにしながらもプリントを受け取る。
サッサと後ろの席に渡す仕草がどことなく微笑ましい。
まぁ、誰だって苦手なものくらいあるものだ。
香織の寝顔を見れただけでも良しとしよう。
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お昼休みとなって講師が教室を出ていく。
そろそろ香織を起こさないと。
「お〜い、香織。もうお昼だぞぉ〜」
「んっ……?」
肩を揺すって彼女が顔を上げる。
目をショボショボさせ、意識を取り戻したようだ。
その後、香織と一緒に学校を出て、公園のベンチでお昼を一緒した。
校内だと人が多くて落ち着いて食事できないから。
「八雲が授業中に寝ているのを見たことがないよ」
「オレは家以外の場所では眠れない性分だからな」
「真面目だねぇ〜」
弁当を突っつきながら香織はそう言った。
個人的には当たり前な事で真面目だとは思わない。
香織の居眠りは良くないけど、
どのように講義を受けようとそれは個人の自由だ。
無論、他の学生に迷惑をかけないというのが前提だけどな。
「そうっ?」
「授業でわからない点があったら遠慮なしに質問してるでしょ?」
「板書や説明をノートに書いてわからない点を口にするだけだよ」
「それって凄い事よ、私には出来ない」
「香織は香織で良い所があると思うよ」
「私の良い所って?」
「たとえば、オレよりも家事が上手いとか?」
「そんなことないよ。今日の朝ゴハンだって美味しかったし」
「食事には自信あるけど、洗濯や掃除はダメダメだったよ。香織が教え方が上手だからそう見えているだけだって」
「……もう、変なこと言わないでよ」
香織はサッサと弁当を食べ終えて、
そのままオレを置いて学校へと戻ってしまう。
照れている香織がとても魅力的でした。
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学校が終ってからファミレスのアルバイト。
香織はウエイトレスでオレは調理補助。
高校時代からずっと経験してる事なのでお手の物だ。
「はい、これっお願いね」
注文された料理の材料を切ったり煮たり在庫を確認する。
バイト仲間との連携プレーを行って自分の仕事に集中した。
盛り付けを終え、ウエイトレス側の置き場に料理を持っていく。
「はい、あがり」
香織に注文された料理を手渡す。
すぐ違うバイトの子から注文を受ける。
それの繰り返しでアッという間に時間が過ぎた。
「「お疲れ様」」
香織と一緒にバイト先を出る。
手を繋ぎたいと思った矢先、香織の方から繋いできた。
握り返して微笑むと、香織も嬉しそうに笑顔を見せてくる。
こうやって一緒に帰宅している途中の事だった。
「あれっ? 沙耶じゃない?」
「香織、久しぶりね。それと八雲君も久しぶり」
「どうも、久しぶりですね」
香織の高校時代の親友である白井 沙耶(しらい さや)。
高校卒業後、大学の経理学部で経理関係を勉強しているらしい。
将来は自分で会社を持つという大きな夢を持っているそうだ。
「沙耶さんはどうしたんですか?」
俺が尋ねると沙耶は元気な笑顔で答えてくれる。
「私? 私は友達とショッピング行ってたのよ」
「へえ〜……そういえば大学はどう? 難しい?」
「八雲君、大学に興味あるの?」
「いや、単純に大学と専門学校ってどこか違うのかなって気になっただけ」
「それだったら私も八雲君たちが通っている専門学校に興味があるわね」
オレと沙耶さんは互いの学校について語り合う。
途中で香織が黙ったままだと気付いたので話題に混ぜてみた。
「そうそう、香織が講義の途中になると寝てるんだよ」
「八雲、余計なこと言わないで!!」
「あらあら、香織って昔っから不真面目ね」
「ち、違うよ!! 昔はもっと真面目に!!」
「ま、オレはそんな香織も大好きだけどね」
「もうぉ〜、ば、バカ」
「はいはい、ご馳走様。盛り上がるなら後にしてね」
沙耶は苦笑しながらそそくさに立ち去る。
ちょっと見せ付け過ぎたかな?
ま、オレ達がラブラブなのはいつもの事だし。
手を繋いだまま、一緒に帰るオレと香織。
バイバイのキスもするのもお約束だった。
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香織の部屋。
夕食を済ませてから二人で色々と雑談する。
ふと香織は真剣な表情でオレに言った。
「ねえ、八雲……」
「んっ?」
「私のこと好き?」
「好きだよ」
「う、うん」
当然ながら即答する。
香織の今の顔には見覚えがある。
大体の心境を察したオレは香織に話し掛けた。
「先行きの不安を感じてるのかな?」
「う、うん」
「オレも不安になる時があるよ。一人でいる時には特に不安を感じるなぁ。香織がどこで何をしてるかって心配することもあるし。でさ、友達付き合いとかで香織がどこか出かける事あるじゃん。そしたら他の男と一緒してるんじゃないかなぁ〜とか」
「ちょっと何言い出すのよ!! そんなのある訳ないじゃない!!」
「わかってるよ、でも香織だってそういう不安、わかるでしょ?」
「そりゃ、まぁ……」
誰だって先行きの不安はつきものだ。
それは多かれ少なかれ誰もが持つ不安。
だからこそ、オレはあえてこう言わせてもらう。
「でもさ、オレは今の幸せに専念しているよ」
「えっ?」
「先の事なんて何が起こるかわからない。わからないものにウジウジと悩むよりも、わかる現在を大切にするほうが有意義だから」
「前向きだね、八雲」
「本当は結構後ろ向きな性格だったんだけどね。でも……香織がオレを変えてくれたんだよ」
「あっ……」
両腕を回してそっと香織を抱き締める。
恥ずかしいから滅多にこんな行動しないけど、
今は正直に抱き締めたいって思った。
「や、八雲……は、恥ずかしい」
「落ち着いたかな? 香織」
「う、うん」
「オレは香織の笑顔が好きだから、いつでも笑っていて欲しいと心から思ってるよ」
「うん、わかった」
ゆっくりと香織をオレの方に笑顔を向けてくれる。
その笑顔が何度でも見たい。
これからずっと一緒に人生を進みながら。
「香織の笑顔は何度見てもいいなぁ、すっごく幸せになれるから」
「八雲ぉ〜」
飼い猫みたいに香織が腕の中で甘えてきた。
抱き締められたり擦り寄られたり。
健全な男として興奮してしまいそうだけど、
ここは理性でグッと抑えて体の反応を止めた。
まぁ、九九でも数えて気を紛らわせたりしてね。
しばらくすると香織は目を閉じてきた。
キスのおねだりだとすぐにわかる。
それに応じようとしたその時。
「っ!?」
「っ!?」
隙間あるクローゼットから物音が聞こえた。
オレは慌てて香織の体を離してクローゼットを開けてみる。
そこには――。
「ああっ!! いたぁ〜い!」
「葉月ちゃん?」
「あうぅ!!」
オレの声に気まずそうな顔を見せる女の子。
香織の妹で立花 葉月(たちばな はづき)。
中学二年生だったと思う。
ここから少し離れた香織の実家に住んでいるハズだ。
まぁ、妹の葉月ちゃんは、姉のマンションに何度か遊びに来ている。
親御さんも寛大な人で姉の所で泊まっても良いと言うぐらいだ。
今では、葉月ちゃんには兄みたいに懐かれてるよ。
そして、お姉さんとなってる香織は妹に殺気を放出した。
「は〜づ〜き〜!!」
「あ、お、お姉ちゃん……や、やっほーぉ〜」
お怒りの香織に気後れしている葉月ちゃん。
挨拶をかますだけのゆとりはあるようだが。
姉の爆発は止まることはなかった。
「なにやってんのよ!? そんなとこで!!」
「だって面白そうだったんだもん♪」
「葉月ちゃんは、ビックリさせようとしたんだよね?」
「うん♪」
「うんじゃないわよ!!」
「わぁ〜、助けてお兄ちゃぁ〜ん!!」
「まぁまぁ、香織。暴力はいかんぞ暴力は」
「これは姉としてのしつけよ!!」
オレは何とかして香織をなだめた。
葉月ちゃんは将来の可愛い義妹になるしな。
尻拭いをするのはちょっと嫌だが……。
「葉月ちゃん、今日はお姉ちゃんの所に泊まるの?」
「うん、お父さん達にはもう了承済みだよ」
「そっか」
「今日はお兄ちゃんと一緒なんてとても嬉しいよ♪」
「ちょ、ちょっと何でお兄ちゃんなのよ?」
「だって、お姉ちゃんはお兄ちゃんと結婚するんでしょ?」
「け、けけ結婚!?」
「葉月ちゃん、それは気が早いよ」
いずれはそうなりたいとは思うが、
今はまだ付き合ってる関係で楽しみたい。
時が来ればオレからプロポーズするつもりだし。
「へぇ〜そうなの? でも私、お兄ちゃん欲しかったし」
「ま、オレも葉月ちゃんみたいな妹は欲しいと思ってるよ」
「そうなの? じゃあ、お兄ちゃんと一緒だね」
「そうだね、さてと、明日も学校だし、そろそろ寝よう」
オレも泊まる事はよくある事で、葉月ちゃんによくからかわれるけど、姉である香織が注意してくれたのでその場は納まった。
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香織が眠りについた。
その頃合を見計らってオレはリビングに向かう。
ココアを作ってコップに注いで椅子に座る。
数分経って、葉月ちゃんがリビングにやって来た。
「あれっ? お兄ちゃん?」
「んっ? 葉月ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと眠れなくて?」
「そっか……葉月ちゃん、ココアいる?」
「えっ? いいの?」
「ああっ、どうせ暇だし、ちょっと待ってて」
オレは立ち上がってさっきと同じ手順でココアを作る。
葉月ちゃんはオレが座っている隣の椅子に座った。
テーブルまで戻ってオレは葉月ちゃんの前に置く。
「ありがとう、お兄ちゃん」
二人でココアを飲んで場を落ち着かせる。
ふと横を見ると葉月ちゃんが、オレを見つめていた。
「オレの顔に何かついてるの?」
「ううん、ただお兄ちゃんが優しいなぁ」
「そりゃどうも」
「お姉ちゃんが好きになるのもよくわかるよ」
「……」
「ちょっと……お姉ちゃんが羨ましいなぁ」
「葉月ちゃんは誰か好きな人、いるの?」
場の流れからオレはそう尋ねてしまう。
言った後で、マズかったかもって思ったけど、
葉月ちゃんは気にする事もなく間をあけて答えてくれた。
「……いるよ……でも……」
「でも?」
「その人、好きな人と一緒にいて幸せになっているから」
「……そっか」
葉月ちゃんの表情はどことなく寂しそうだ。
悪いと思いながらもオレはオレなりに葉月ちゃんを大切にしたい。
家族として、迎えてもらえるように。
オレは思い切って口火を開いてみせた。
「葉月ちゃん、お姉ちゃんの事好き?」
「うん」
「オレがお兄ちゃんだと不満?」
「そんなことない、お兄ちゃんはお兄ちゃんでないとダメ。お兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと好き?」
「オレは香織が好きだぞ。香織は先行きの不安を感じてるけどね」
「お姉ちゃんは心配症だから」
「香織が不安になる気持ちは解るよ。それでもオレは香織の想いに自信を持っている。それに……」
「それに?」
オレはそっと葉月ちゃんの頭を撫でる。
本当に姉妹だけによく似ている。
微妙に撫で心地は違うけどね。
「葉月ちゃんの気持ちを無駄にしたくないから」
「えっ!?」
「自惚れてるかな?オレ?間違ってるんだったら謝っておくけど?」
「……」
顔を真っ赤にしながらオロオロしている葉月ちゃん。
そんな様子に微笑ましい気分になってしまう。
「とにかく、お姉ちゃんの事は任せて欲しい。現実に厳しい未来に打ち勝ってみせるから」
「お兄ちゃん……」
「それがオレの出来る葉月ちゃんへの返事だ」
「……うん」
力強く言ってあげた。
すると葉月ちゃんが涙を流してオレの胸に顔を埋める。
静かに泣く葉月ちゃんをオレは優しく抱き締めた。
泣きやむその時まで。
必ず幸せになってみせるから。
そう強く決意する瞬間でもあった。
END
<あとがき>
こんにちは、都波 心流です。
結婚というキーワードは皆さんにとってどう思いますか?
私は、その好きな相手の人生を背負い、自分の持っているものを相手に捧げて生きていくという感じかな。
現実を見つめていくのは確かに大切。
理想と現実のギャップがあることを忘れてはならない。
でも、現実ばかりを見過ぎて、人生を楽しめないこともまた問題あると思う。
現実に打ち勝って幸せになろうとする勇気。
難しいかもしれないけど、出来ないことはないと私はそう思うよ。
そうでなければとっくに人類は滅亡してますよ(笑
では、また。(^^/