思春期

作者:都波 心流


 僕は高井 義文(たかい よしふみ)。
 中学1年生になって数ヶ月が過ぎた。
 小学校を卒業してから僕の中で何かが変化している。
 子どもの頃の泣き虫は消え去って、無性に何かを求めるような衝動に駆られてしまう。
 漠然とした向上心が芽生えていた。
 でも、その具体的なものがわからなくて戸惑ってしまう。
 毎日が自分自身との会話でもしてるかのように。

「ねぇねぇ」
「……」
「ねぇってば!!」
「おわぁ!!」

 考え事をしてる時に女子生徒の声で僕は我に返った。
 この人は同じクラスメイトの今村 真理(いまむら まり)だ。
 今は学校の昼休み。
 僕は昼食のパンを食べ終えた後に考え事をしていたのだ。

「今村さん、何か用事?」
「用がなかったら声をかけちゃいけないの?」
「いや、そんなことないよ」
「どっか具合、悪いの?」

 心配そうに声を掛けてくる今村さん。
 彼女は中学に入学してから初めて出来た友達だ。
 僕も彼女も友達は少ないけど、お互いに気にしていない。

「大丈夫だよ、あっ、ちょっとトイレ行ってくる」
「あっ……」

 僕はそそくさにトイレへと向かった。
 確かに、最近の僕は変だ。
 彼女に対してなぜか避けてしまう自分がいる。

 なんでだろう? 彼女の目を見て話すのが難しい?

 彼女は僕に何もしてないのに。
 なのに、目を合わせられない。
 数週間すぎてもやはり違和感があった。
 僕は気を紛わせるように勉強に明け暮れてみる。
 そうすることで何も考えずに済むから。
 それでも、彼女はお構いなしに声を掛けてきた。

「ねぇ、高井クン」
「……なに?」
「私のこと……避けてない?」
「そんなことないよ」
「うそ、今だって私の目を見てくれないもん」
「それでも会話はできるよ」
「ちがう……高井クンはわかってないよ」
「なにが?」

 僕の問い掛けに答えず、彼女は悲しそうな感じで自分の席へと戻った。
 僕の胸の奥から締め付けられる感覚が走ってしまう。

 なんだよ? この変な感じは?

 自分の心がわからなくて戸惑ってしまい、漠然としたイライラ感に襲われていた。

 ある日。
 学校の休み時間で、数人のクラスメイト男子と会話した。
 話の内容はキスを知ってるかという云々だ。
 正直に知らないって言うと子ども扱いされてしまう。
 ムカッと来るような敗北感を僕は味わった。

 子どもだったらこんなに悩まないよ!!
 これ以上、悩みの種を増やすようなこと言うな!!

 でも、キスとは何だろう?
 いずれわかる時が来るのだろうか?

 今村さんが僕に話し掛けて来なくなった。
 話しかけられた時、たまにうっとおしいと思った事はある。
 気軽になった分だけ、妙に胸が苦しくなってしまう。

 どうしちまったんだよ!?
 誰か教えてくれよ!?

 とても授業を受ける気になれず、お昼休みを機会にしてそのまま学校をさぼった。
 本当はいけない事だってわかってるのに、
 それでも今の心境のまま授業を受ける気にはなれない。

 とある公園。
 近くにあるベンチで自販機で買った缶コーヒーを飲む。
 コーヒーを飲んでも気分は一向に晴れない。
 味だって心が病んでしまってるのか、よくわからない。

「……はぁ〜」

 公園の中にはたくさんのハトがいる。
 ポッポッと鳴く声が妙に心地よかった。
 
「僕は……なんで悩んでいるんだろう?」

 なんで自分が苦しんでいるのかがわからない。
 将来に対する不安であろうか?
 考えられなくはないがどうもスッキリしない。

「う〜ん」

 悩みの比重として今村さんの存在が大きい。
 今村さんの事が頭の中で何度も出てくる。
 だからこそ僕は疑問を感じずにはいられない。

 どうして? どうして僕は今村さんを避ける?
 嫌いだからか? 話すのも嫌だからか?

 それは、違う。
 絶対に違うって思う。
 だって、僕は……僕は……。



 ビューと来る風は肌寒さを感じさせる夕方。
 公園のベンチで風を受けている僕。
 というか気付いた時は居眠りをしてしまったらしい。
 まどろむ意識を覚醒させようと重たい瞼をスーと開けた。

「んっ?」

 真っ先に違和感があった。
 誰かの肩に寄りかかっている?
 僕の身体にはジャケットがかけられてる?
 何で? どうして? えっ? えぇ??

「起きた?」
「い、今村さん?」
「こんな所で寝てたら、風邪ひくよ」
「……いつから?」
「高井クンが学校をさぼってここで眠った時から、学校さぼっちゃダメだよ」
「それはこっちの台詞」
「ん、そうだね」

 久しぶりの会話がとても懐かしい。
 彼女の気遣いがうれしい。
 心がドキドキしてるのがわかる。
 何でかわかんないけど悪い気分ではない。
 むしろ……嬉しい。

「ねぇ」
「んっ?」
「私のこと嫌い?」
「ううん、嫌いじゃないよ」
「だったら私の目を見てよ」
「……」
「せめて、なんで避けているのか、訳を教えて。そうでないと……私……私……」

 こっちが訊きたいぐらいだ。
 僕自身、何でそうしてしまうのかわかってない。
 泣かせてしまって僕は最悪な人間だと思った。
 
「嫌ってない……嫌ってないよ」
「じゃあ……好き?」
「……」
「やっぱり、嫌い?」
「……嫌いではない」
「そんなのズルイ」

 嫌いだったら話しかけたりしない。
 彼女の言う好きって今ひとつわからない。
 僕は何もわからない。
 だけど、何かに気付いていないか?

「……」
「私は……好きだよ。高井クンのこと。ずっと前から……入学してきたときから」
「っ!?」

 僕の胸が激しく脈を打っていた。
 思わず彼女の目を見てしまう。
 こんな気持ち……初めてだ。

「……」
「やっと見てくれたね。やっと振り向いてくれた」
「今村さん……」

 目を潤ませている今村さん。
 吸い込まれそうな感じでじっと彼女の目を見ている僕。
 なんか胸がドキドキしてしまって体が熱い。

「高井クン、答えて。私のこと好きなの?」
「わからない……好きって、何だろう?今の僕……ちょっと変かも……変な気分だよ」

 今村さんが僕のほうへと顔を近づけていく。
 僕は無意識に目を閉じてしまった。
 何をするのかわかってないのに。
 いや、身体の方が理解してたのかもしれない。
 唇のほうから柔らかいものとぬくもりを感じた。
 すごくあったかい。
 ドキドキするのにどこか冷静な自分もいた。
 僕は思わず目を閉じたまま彼女を引き寄せてしまう。
 今村さんも抵抗することなく僕を抱き締めた。
 かなり長い時間をかけて彼女がスーと離れていく。

「……」
「……嫌だった?」

 彼女の問いに僕は首を振って嫌ではない事を示した。

「今のって……??」
「これが私の素直な気持ち。好きな人にはこんな風にキスしたくなるから」
「したくなる?」
「うん。高井クンはキスしたくならないの?」
「……えっと……」
「ん?」
「ぼ、僕……は、初めてだったから……」
「……私も……ファーストキスだよ」
「そ、そうなんだ……」

 今度は僕から彼女と唇を重ねていく。
 したいって今さっき思ったから。
 口の奥でくぐもった声を感じたが、僕は気にせずに続ける。
 熱湯を浴びたかのように全身が熱くなるのがよくわかった。
 そこで僕は強く実感していく。
 ……僕は、今村さんのことが好きなんだと。
 キスをしながら自分の気持ちを理解する僕だった。



 次の日。
 下校の校門で今村さんと鉢合う。
 いや、待ち伏せされてたみたいで一緒に帰る事になった。
 帰り道の途中より、今村さんが僕に声を掛けてくる。

「ねぇ、義文」
「なんで呼び捨て?」
「ダメなの?」
「ダメじゃないけど、妙な気分」
「私のことも真理でいいから。さっそく言ってみて」
「い、いきなり?」

 いざって時に口にしようとするのは照れくさい。
 何となく恥かしい気持ちになってしまう。
 だけどしつこく催促してくるので。

「ま、真理」

 言った後って妙にこそばゆい気持ちだ。
 でも、真理がご機嫌良くなるならそれもいいと思う。

「友達から映画のチケットを貰ったの。一緒にいかない?」
「いいよ。じゃ今度の土曜日でいい?」
「うんっ!!」

 僕の悩みは一つ解消できた。
 好きって気持ちとキスの意味を知ることが出来た。
 これも彼女のおかげだと感謝していきたい。
 今後、他の悩みが出てくると思う。
 それでも今は彼女との接することを楽しみたい。
 きっと何かしらの道は開けると僕はそう思った。

<あとがき>
こんにちは、作者の都波 心流です。
私の過去をそれとなく盛り込んでいます。
自分自身に会話をしたり、強くなりたい願望を持ったり。
言ってみれば大人の世界に踏み込む第一歩ってところじゃないかな。
ま、なんにせよこれからも精進して小説創作に励んでいきたいです。

では、また(^^/



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