素直

作者:都波 心流


 上伊 隆(かみい たかし)。
 一応、俺の名前だけど正直いってあまり好きではない。
 名字は良いけど名前で呼ばれたくないタイプだ。
 そんな俺が今、いる場所は学校の廊下。
 目の前には堺 那美(さかい なみ)という女子がいる。
 ちょうど俺と殺伐めいた会話をしている所だ。

「へえ〜、さっきの人は彼氏?」

 今はいないが、さっきまでコイツと仲良くしてた男がいたんだ。
 俺に見せびらかしてたんだろう。
 コイツは良い度胸をした女だ。
 男と一緒にいながらも堂々と俺に挨拶したぐらいだ。
 ニッコリと満面な笑顔まで浮かべてな。
 男の方は妙な気遣いをして立ち去っていやがるし。
 だから、今は男がいなくて俺とコイツだけって話だが。
 正直、あまり良い気分はしない。

「だとしたら……どうなの?」

 否定せずに回りくどい言い方だ。
 もっとストレートにハッキリと言えよな。
 でも……そうだな、その方が良いだろうな。
 俺なんかよりも、さっきの男が幸せにしてくれるだろう。
 目撃した時、俺は感じ取ったよ。
 俺なんかよりも、あの男の方と一緒の方が楽しそうだった。
 逆に、好都合だと思うべきだな。

「どうもしないよ。さっきの男の方が絶対に幸せにしてくれるだろうな」
「……そう思う?」
「ああ、んじゃ、お幸せに」

 俺は負け犬気分で逃げるようにその場を立ち去った。
 とりあえず那美を避けるようにして、
 学校が終わったら速攻で自宅へと下校している。
 部屋に戻ってベットでゴロゴロするも気分が晴れない。

「胸クソ悪い」

 機嫌の悪い時、電話が鳴り響いていた。
 面倒だけど応対するしかないな。

「はい、もしもし、上伊ですが?」
「ねえ、ちょっとアンタ!」
「うわぁ、誰だよ!?」
「茜(あかね)だよ!! 那美の親友!!」

 随分とお怒りな挨拶を出してくれる。
 ご丁寧に簡潔明瞭な説明付きだ。
 うん、確かにいるよ、知ってるよ。
 何かと首を突っ込んでくれるお節介さんがいるから。

「電話番号はどうやって知った?」
「そんなのどうだっていいでしょう!!」

 電話帳なりアイツに聞くなり色々調べる方法はあるか。
 ま、確かにどうでも良い事だ。
 このまま電話を切ってやろうかとも思ったが、
 向こうがキレると後々が面倒なので流石にやめておく。
 とりあえず、サッサと話を進めてしまおう。

「用件は何だ?」
「シラをきるつもり?」
「なにが?」
「アンタ、那美と喧嘩したでしょう?」

 喧嘩? あれって喧嘩っていえるかな?
 妙に冷めている気持ちが駆け巡ったよ。
 たしかに負け犬みたいな気分もあったけどさ。
 妙にイライラしたし……よくわからん。

「はぁ、これだからガキの重りは嫌なのよ」
「誰が重りだ。お前は俺の母親きどりかよ」

 ただでさえ、イライラしてて機嫌が悪いんだ。
 とっとと話終わりやがれってんだ。

「ムカついているのはこっちの方だよ!!まったくもぉ!!付き合い始めてどれくらいになってると思ってんの!?」
「時間は別に関係ないだろ」
「はぁ!? アンタ、那美のことが好きなんでしょ!?だから、傍にいるんじゃなかったの!?」
「そんな事、いちいち言えるか!!」

 大体、元はと言えばこのお節介女が悪い。
 この女、何度も何度もしつこく好きな人を質問してきたんだ。
 いや、質問なんて生易しいものじゃない。
 警察の取調べがちょうどあんな感じじゃないかな?
 そう思わせるぐらいにしつこかったんだ。

 んで、ある日、あまりに五月蝿いんで俺は考えた。
 要するに好きな人の名を適当に言ってしまえばいいんだと。
 別に告白する訳でもないし、放っておけば自然消滅するだろう。
 あまり深く考えずに、場当たり的な名前を探した。
 思いついたのは、この五月蝿い女の親友の名前。
 堺 那美(さかい なみ)だ。

 何でこの女の親友を知ってるかというと単純なこと。
 お昼の食堂で、不運にもこの女&親友と鉢合わせしたからだ。
 この二人、普段は弁当のクセに稀に食堂を利用しやがる。
 そのたびに何度か俺に近寄って声掛けてくるし。
 食事ぐらい静かに食わせて欲しいと何度思ったことか。
 まぁ、そんな簡単な経緯で名前ぐらいは知ってるという訳だ。

 かなりいい加減な気持ちで答えたんだ。
 それが噂となって広まっていってな。
 んで、成り行きで堺さんと親密な知り合いとなった。
 嫌いでもなければ好きでもないという中途半端な気持ちで。
 外部から見れば俺の態度は冷めているだろう。
 このお節介女は絶対にわかってるだろうけど、親友の手前か、迂闊なことを口にしなかった。

「知ってたわよ」
「何が?」
「アンタに好きな人を訊いたときのいい加減な答え」
「……」
「正直、殴り倒したいって思ったわよ。でも、あの娘はアンタのことが好きだから!!ずっと前からアンタを想い続けていたから!!」
「なんだって!?」

 おいおい、嘘だろ、それ?
 そんな馬鹿な考えがあってたまるかよ!!
 そんな風には全然見えなかったぞ。
 いや見ようとしなかっただけなのか?

「今は好きでなくても付き合っていれば、その内に意識して好きになっていくかもしれないって、アタシはそう思ったから、だから、那美とアンタを応援してたのに……なのに……アンタは……」

 言葉を詰まらせながらも憎らしい声で俺を責める。
 電話越しのコイツは泣いてるのかもしれない。
 泣き声が時折、聞こえてくるから。
 だけど……。

「それは嘘だ」
「嘘ってなによ!? 嘘ついたのはアンタでしょ!!」
「堺さんは他に好きな人がいる」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ!!」
「お前、親友なクセに知らないのか?目の前であんなに楽しそうに他の男と会話してるんだぜ。誰が見たってあれは恋人同士だろう」
「はぁ!! アンタ、何いってんの!?」
「教室の中でさ。他の男の人と楽しそうに会話してるんだ。あろうことは堺さんは俺にまで笑顔で声かけてたもんな。男のいる前で、見せびらかすようにさ」
「……アンタさぁ」
「ん?」
 
 何だよ、さっきまで怒ってたくせに。
 今のコイツはメチャクチャにクールな声が出てたぜ。
 心底アンタに呆れてますって感じでさ。
 とことん俺を見下してるようでかなり気に食わない。

「なんだよ?」
「那美に一度でも好きって言った?」
「……言ってない」
「二人でデートした?」
「してない」
「手を繋いだことある?」
「ない」
「自分から話し掛けたことある?」
「向こうから話し掛けてきたときぐらいしか……」
「……はぁ〜」

 ため息までついてやがる。
 何だよ、さっきからつるし上げみたいにしやがって。
 全くもって不愉快だ、本気で電話切ろうか?
 そんな俺の気持ちに構わず茜は俺に言ってくる。

「ホント、アンタ、冷めてるねえ。でも、そんなアンタでもヤキモチ妬くことあるんだぁ」
「はぁ!?」
「アンタ、すっごく機嫌が悪いでしょ?」
「良いように思うか?」
「何で機嫌が悪いの?」
「……」
「那美が他の男と楽しそうにしている。それが許せなかったんじゃないの?」
「べ、別に……俺なんかといるよりも向こうの方が――」
「バッカじゃないの!!」
「ぐっ……怒鳴るなよ、耳に響くだろうが!!」
「アンタ、素直にならないと一生後悔するからね!!」

 ぶちキレながら勝手に切りやがった。
 ちくしょう、あの女、言いたい放題いいやがって。
 もう知らねえ!! 勝手にしろ!!
 完全にムカついた俺は自室で寝ることにした。
 ずっとコイツらとは絶交だと心に決めながら。



 季節の寒い冬で風邪とは不幸すぎる。
 俺としては一生の不覚だぜ。
 一人暮らしの俺には頼れる人がいないから。
 実家で親と一緒だったら親に助けてもらえるんだが。
 まぁ、ないものねだりしても仕方ない。
 かといって親に負担かけさせる訳にもいかない。

「ううっ……ダルイ……辛い」

 自分の面倒は自分でみないといけない。
 とりあえず、体温計で熱を計ってみよう。
 辛いけど何とか計ることが出来た。

「39度」

 マジだよ、やっちまったよ。
 体温計を探すのも苦しくて呼吸するのもシンドイ。
 今度は電話を……と考えていたんだけど。

「ぐっ……がっ……」

 寒い、辛い、しんどい。
 全身が寒気で触れてしまい、電話まで行くのが一苦労だ。
 呼吸が乱れてしまい、頭痛もして時折ながらもセキも出てくる。
 最悪きわまりない。
 どうにか学校に電話して体調不良で休むと報告できた。

 高校生の身で一人暮らしができるのも、両親が転勤のため俺はこっちに残ることにしたからだ。
 最初は、一人暮らしって気ままにできるって喜んでたけど、実際にやってみると苦労の連続である。

 洗濯、掃除、食事の家事全般を自分でやらないといけない。
 母さんがやってくれた苦労を自分が味わう事となった。
 生活費ということでお金の管理も自分でやらないといけなくなった。
 病気になると自分で治療しないといけないからメチャクチャ辛い。
 心細いなんて言ってられないし。
 グッタリとベットにダウンして寝るしかない。
 もうそれぐらいしか出来ることないから。



 あ〜、頭に響くぅ〜。
 痛いぃ〜、シンドイ、熱い、寒い。
 何かよくわからんが、耳鳴りまでしてきた。
 いや……電話の音? ったく、誰だよ?
 う、うるせえぇ〜、出てやるから、待ってろ。
 倒れたベットから強引に起き上がる。
 電話までそんなに距離はないけど俺にとっては重労働だ。

「も、もしもし、ゴホッゴホッ」
「あらっ? 本当に風邪みたいねえ」
「ゴホッゴホッ、何か……用か?」
「ちょっと確認しただけ。ちゃんと寝なさいよ」

 そう言い残して向こうは電話を切った。
 つーか、そんだけで電話すんな。
 マジでシンドイから……ったく、もぉ〜。
 イライラしながら眩暈してベットに再びダウンする。

「ゴホッゴホッ」

 眠れない。息するのも辛いよ。
 罰か? 俺への天罰なのか?
 いい加減な気持ちで言ったことへ。
 もう一人で生きろという天からのお達しか?
 現実に誰も助けてはくれない。
 そのように痛感してしまった。



 曖昧な意識の最中。
 あまり寝ているという感じはしない。
 すぐ近くで誰かがいるような気がする。
 一体、だれが?

 額に冷たいもの。
 何かヒンヤリしてて少しだけ気分が楽になる。
 夢でも見てるのだろうか?
 その割にも何も見えない暗闇の映像のみだ。
 いる訳ないじゃないか。

 でも、どうでもいいよ。
 夢でいいよ。
 現実は辛すぎるから、悲しすぎるから。
 せめて夢だけは素直にさせて。
 頼むから……もうちょっとだけ夢を……。

 手?
 アレッ? 誰かが握ってくれてるのかな?
 優しくて心が不思議に落ち着くのがわかる。
 だけど、握られた手の感覚がどこか消えていく。
 それが漠然と怖くて、寂しくて、辛くて。
 いかないで!! 頼むから消えないでくれ!!

 その手を追ったつもりだ。
 でも暗闇だからどこに何をしていいのかわからない。
 置いていかれて、怖いよ……一人にしないでくれ!!

「上伊君!! 上伊君!!」
「やだ!! いっちゃやだ!!」
「しっかりして!! 私はここにいるよ!! ねえっ!!」
「っ!!!!」
「大丈夫だから……怖がらないで」
「ううっ……」

 ぼやける視界から温かいぬくもり。
 どこに何が起こったのかすぐに把握できない。
 ここは……あれっ? ど、どうして?
 まだ夢を見ているのであろうか?
 仰向けになってる視線の先に堺さんがいる。
 そんなのは在り得ないだろう。
 風邪のせいで幻覚まで見えるなんて最悪だ。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

 グッショリとした寝汗と共に呼吸が乱れる。
 さっきまで悪い夢でも見てたのだろうか?
 よく覚えていないけど、夢見は悪いらしい。

「……」

 幻覚のハズなのに彼女の手が俺の頬に触れた。
 夢じゃない。
 この温かさは幻覚でもない。
 ぼやける視界は泣いてたことを示していた。
 頬にはそんな涙の流れた跡がこびりついている。
 情けない、カッコ悪い、無様だな。
 なんで、こんな俺なんかに優しくするんだよ。
 
「大丈夫だよ」
「……」
「もう一人じゃないから、大丈夫」

 彼女の声がとても優しく響いてくる。
 普段の俺なら馬鹿にされて怒るハズなのに。
 今の俺にはとても安心できる心強さを感じていた。
 風邪で精神的にも辛いから余計にそう思うのかもしれない。

「ご飯は食べたの?」

 汗だくの俺の身体を懸命に拭いてくれる。
 抵抗する気もなく為すがまま。
 彼女に問いかけに俺は首を横に振って応えた。

「駄目だよ、少しでも食べないとちょっと台所借りるね」
「……」
「ねえっ?」
「んっ?」
「……手……」

 堺さんが照れくさそうに視線を向けた。
 その視線を追ってみると――。

「あっ……」

 俺の手が堺さんの袖を掴んでいる。
 何をやってんだよ、俺は……馬鹿だな。

「ご、ごめん」

 謝りながら手を離していく俺。
 そんな馬鹿な俺を堺さんは笑顔でこう言ってくる。

「ううん、大丈夫だから」

 俺の頭をそっと撫でてから台所へ行った。
 訊きたいことも一杯あったんだけどな。
 頭がグラグラであまり喋る気にならない。
 そういえば、セキは止まったみたいだな。
 ちょっとずつでも回復してるのだろうか?
 どちらにしても大人しく横になってるしかないな。

「お待たせ」

 しばらく経ってから堺さんが戻ってきた。
 お盆の上には小さな土鍋と茶碗とレンゲが用意してある。

「あ、ありがとう」
「起き上がれる?」
「ちょっと……キツイな」
「起こしてあげるから頑張って」

 起き上がろうとするとダルさが強く感じてしまう。
 そんな俺に堺さんが腕を回して支えるように起こしてくれた。
 
「あ、ありがとう」
「気にしないで」
「お粥?」
「そうだよ」

 何か楽しそうだな。
 面倒かけて悪いと思ってるのにな。
 あんな表情されたら何も言えなくなってしまう。
 熱あってシンドイから反応も鈍くなる。

「咳はしてないね」
「ああ」

 大分マシになっているみたいだ。
 ちょっと前まではセキも酷かったのに。

「茜が電話した時、覚えてる?」
「うん」
「茜が凄く咳してたって聞いたから心配したんだよ」
「そっか……」

 そういえば、彼女はどうやってここに来たんだろう?
 家の住所を教えた覚えなんてない。
 こちらの様子を察してか、彼女は気まずそうな顔を浮かべる。
 あまり良き方法で来たという訳ではなさそうだ。

「よくここがわかったね」
「……怒らない?」
「尾行?」
「……うん」

 回りくどい会話は好まない。
 直球ストレートで口にして白状させた。
 素直に言ってくれる方が好感が持てる。

「そっか、鍵はどうやって?」
「鍵あいてたから」

 自分の無用心さにちょっと呆れた。
 鍵かかってたら来なかったって事か?
 黙って入ったのも気遣っての事だろう。

「そっか」
「ごめんね、勝手に入っちゃって」
「おかげで助かってるからいいよ」
「あ、お粥が冷めちゃう」

 堺さんはそう言って土鍋の蓋を開いた。
 中からは美味しそうなお粥の匂い。
 これなら食欲なくても抵抗なく食べられそうだ。
 鍋からレンゲを使って、小さなお碗にお粥を分けてくれた。

 卵とネギだけのシンプルなお粥。
 堺さんはレンゲで少し取り分けると、
 それを自分の口の前に持ってきて、フーフーと息を吹きかけた。
 こ、この展開は、ま、まさか……。
 脳裏に不吉な予感が走って冷や汗が流れ落ちた。
 すると――。

「上伊君……アーンして」

 満面の笑顔で堺さんはそう言ってくる。
 お粥の乗ったレンゲが俺の口元に迫ってた。
 ほんの少しだけ、彼女の頬が紅潮している。
 
「い、いいよ……自分で食べるから……」

 ただでさえ熱があるのに。
 そんな恥かしい事やられてたまるか。
 これ以上、熱を上げさせるつもりかと突っ込みたい。

「ダ〜メ、拒否は許しません」
「くっ……」

 抵抗するのも面倒くさい。
 風邪で辛いし、とっとと済ませてしまおう。
 俺は観念して口を開けると食べさせてもらう事にした。
 すっごく恥ずかしかったけど、誰もいないことだし。
 人の気も知らないで、堺さんは嬉しそうにお粥を運んでくる。

「……おいしい?」
「うん」

 ボーとしながらも返事をする。
 熱があって味覚が鈍っているけど、不味くはないと思う。
 堺さんは随分と嬉しそうだな。
 下手に尋ねると何となく気恥ずかしい返答がくると思う。
 こことは大人しくお粥を食べさせてもらおう。
 土鍋の中は空になったのを見て俺はお決まりの言葉を口にした。

「……ごちそうさま」
「おそまつさま。じゃあ片付けるから寝ててね」
「わかった」

 堺さんがゆっくりと俺を寝かせてくれた。
 こんな風に優しくされると妙に戸惑ってしまう。
 それでも嬉しいことには違いはない。
 台所で堺さんが食器を洗っている音が聞こえてくる。
 その音が子守唄のようになって俺は眠っていった。



 何か温かい風とぬくもりを感じる。
 すごく心地よくてずっとそのままでいたい。
 そう思わせるような肌の感覚がそこにあった。
 疑問を抱きながら目を開いていく俺。
 あれっ? 何で堺さんの顔が?
 すっごく間近で吐息がこっちの頬をくすぐってる。
 まさか……俺……キス……されてるのか?

「んっ……んん」

 思わずぐぐもった声を洩らしてしまう。
 それを聞かれて、堺さんはハッと我に返るように離れた。
 何となく名残惜しい気持ちになってしまう。
 もっとしたいという思うのは不純だろうか?

「あ、これはね……あのね……その」

 堺さんがとても慌てた様子で言い訳を考えているみたいだ。
 心臓がバクバクいってどう考えていいのかわからない。
 言葉にしようとしても喉に突っかかって声にならない。
 ただ嫌ではなかった……いや、違う。
 ……嬉しかったんだ。

「風邪……うつっちゃうよ」
「……バカ」
「……そうだね」

 その通りだよ。本当に俺は馬鹿だよ。
 そんな馬鹿な俺だから訊いてみないとわからないから。

「ねぇ、一つ質問させて」
「ん?」
「私のこと好き?」
「君には彼氏がいるじゃない。その人に悪いよ」
「……」
「堺さん?」
「もうバカバカバカバカぁーーー!!」
「な、なんだよ?」

 涙ぐんで大声で怒ってきやがる。
 彼氏いるんだろう? なんでそんな顔するんだ?
 泣くなよ、頼むから、辛いじゃないか、そんな顔するな。

「やっぱり私のこと、どうでもいいって思ってるんじゃない!!」
「ち、ちが――うっ」

 起き上がろうとすると全身がダルくて辛い。
 すぐに仰向けで倒れ込んでしまう。
 興奮したせいか頭痛が酷くなった気がする。

「だ、大丈夫!? ご、ごめんね!! 上伊君!!」
「はぁ〜、はぁ〜」

 片手で頭を押さえて辛く吐息を洩らす。
 額やら脇からはドドォーと汗が流れて気持ち悪い。
 何かわかんないけど、悲しくなってきた。

「上伊君……」
「……」

 こんな顔、見られたくなくて。
 片手で顔を隠すようにして涙がポロポロ零れた。

「どうしたの? どこか痛いの?」
「うっ、ひっく、ち、違う……くっ、ううっ……」

 頭の中身がグチャグチャでひたすらに悲しいだけ。
 それをどのように言葉にしたらいいのかわからない。
 漠然とした辛さと悲しみが膨らんで表に出てるだけだ。

「私は……上伊君が好きだよ」

 俺の頭を撫でながら彼女が告白してきた。
 泣いてる俺はひたすらに声を殺すようにして泣いてるだけ。
 それでも何度も何度も俺に向かって好きって言ってくれた。
 一通り泣き止んだ俺は手で隠してた顔をゆっくりと離す。
 今の俺はどんな顔をしてるだろう?
 不安なのに、笑顔の堺さんを見ると安心してしまう。

「大丈夫。私、ここにいるから。だからそんなに脅えなくてもいいんだよ」
「……」

 拒絶されていない。
 それがわかっただけでも良かったと思う。
 俺は部屋の天井を眺めながらため息をついた。

「なぁ……馬鹿だから……訊きたいんだけど」
「なに?」
「あの人……堺さんの彼氏なの?」

 直接、堺さんの口から聞きたい。
 どうしても聞いておきたいんだ。
 そんな俺に堺さんはこう言ってきた。

「だとしたら、上伊君はどうするの?」
「……」
「ねぇ、答えて。どうなの?」

 真剣な表情で俺に問いかけてくる堺さん。
 俺は目を閉じてボーとする頭の中で考えてみた。
 返事するまで堺さんは待っているみたいだ。
 何も言わずにじっと俺を見つめてるのがわかる。
 数秒か、数分か、時間の感覚なんてわからないけど。

「好都合だと思ったんだ」
「好都合?」
「怒られるだろうけど、あの時さ。俺さ、もういいやって思ったんだよね。上手く言葉に出来ないけど、自信がなくてさ」
「……」
「この人の方が幸せになれそうだなって思ったから」
「何でそう決め付けるの? それを決めるのは私でしょ?」
「うん……だから、俺……馬鹿なんだよ」
「私が訊きたいのはそんな言い訳じゃないよ。訊きたいのは上伊君の気持ちだけだよ」
「俺の……気持ち?」
「好きなの? 嫌いなの? ハッキリして」

 簡単なようで難しいような二者択一の質問。
 今の堺さんが求めている事はそう言うことなのか?
 ……本当は……本当の気持ちは……。

「……何か……ズルイよ……こんな時に訊くなんて」
「じゃあ、どういう時だったらいいの?」

 もう我慢できなかった。
 風邪で弱ってるからかもしれないけど、
 言いたい気持ちが止められずに口に出た。

「……好きだよ」
「……もう一回言って」
「……恥ずかしいからヤダ」
「じゃあ、私、帰ってもいい?」
「……堺さん、あのお節介女に似てきた」
「茜は茜、私は私よ」
「……本当にズルイよ、堺さん」
「那美って呼んで欲しいな、隆君」
「……善処するよって、帰らないでくれ!!」

 なんか遊ばれてるみたいで、涙目になってきた。
 そうなると彼女は慌てた様子でフォローしてくる。

「もぉ〜、そんなに泣きそうな顔しないで。まるで私が悪い事してるみたいじゃない」
「ううっ……」
「でも、そういうのも隆君の新しい一面なのね。本当に看病しに来て良かったと心から思う」
「……意地悪だ」

 帰って欲しくなくて。
 だからつい手を繋いでしまう。
 離したくなくて、視線で訴える。
 そんな俺に彼女が好きって言ってくれた。
 だから、もうちょっと俺に時間を掛けて欲しい。
 そしたら今よりもっと素直になれると思うから。

「……那美」

 ボソッと小さな声でそう呼んでみる。
 今の俺に出来る精一杯の気持ちを込めて。
 満足そうにして那美が俺の頭を撫でてくれた。

「ありがとう、隆君」

 人は一人では生きていけない。
 そう教えてくれたのは那美だった。
 もう離れたくないから。
 ずっと一緒にいて欲しいと心から願った。


END


<あとがき>

こんにちは、都波 心流です。
最近、学校内で風邪が流行ってるみたいなんでこういうネタを思いついた。
一人暮らしで体調不良になるとすごく大変なんだよね。
自分で自分を看病しないといけないから。
ま、自己管理をしっかりしないといけないってことだ。
短編を創作するのって今回で2回目。
ほとんどサンプルらしきものは使わなかったな。
オリジナル率98%ってところかな(^v^
まあ、私の場合、プロットは書いている途中で思いつくような感じだから
あらかじめに準備するようなことはしてないんだよね。
だからネタ詰まりすることなんてたびたびあり。

では、また。(^^/



トップへ
戻る