伝えるべきこと

作者:都波 心流


 学校の窓から見える快晴の色。
 雲一つない清らかな空は心地よさを誘うぐらいだ。
 そんな窓際の席に座って眺めを楽しむ僕。
 僕の名前は伊籐 和洋(いとう かずひろ)。
 中学2年生の男子生徒で勉強するぐらいしか取り柄がない。
 メガネをかけるほど目が悪い訳でもない。
 そんな僕に声を掛けてくる隣の女子がいた。
 同じクラスの安岡 浩美(やすおか ひろみ)である。

「ねぇ〜、今日、消しゴム忘れちゃったの。消しゴム一つ貸してくれない?」
「いいよ」

 筆箱には3個ほど消しゴムを持っている。
 その中の一つを安岡さんに手渡した。

「ありがとう」

 受け取って席に戻る安岡さん。
 彼女とは去年も同じクラスで席も隣同士だった。
 向こうから親しく話しかけられたことで知り合ったんだ。
 僕自身が口下手なので聞き役に回ることが多いけどね。

 ある休み時間のこと。
 僕の友達である大村 武信(おおむら たけのぶ)が声を掛けてくる。
 ボサボサした短い髪型でやや大柄な体格をしている男子。
 彼とも去年と同じクラスで知り合ったのだ。
 そんな大村君が僕に向かって話題を振ってくる。

「なぁなぁ、お前さぁ」
「ん? なに大村君?」
「好きな女子はいないのか?」
「いきなりだね」
「俺は興味あることには真っ直ぐなんだよ」

 サラリと言ってのける大村君。
 確かに去年の時から突然な行動が目立っていた。
 やりたい事があれば即効でやろうとする。
 行動力があるんだけど無謀な事をして失敗も多い。

「で、どうなんだ?」
「僕はいないよ」
「嘘つけ、いるだろ」
「本当にいないってば、何でそんな事きくの?」
「お前がライバルになる可能性があるか調べてるのだ」
「という事は、大村君は好きな人がいるってこと?」
「ああ。じゃあさ、俺が教える代わりにお前も好きなヤツ教えろ」
「そんな無茶な……」

 好きな人がいないのは本当なのにね。
 僕の友達はそれを納得してくれない。
 交換条件まで出してきて半強制的に言わせようとする。
 大村君の好きな人のことは知っている。
 同じクラスの天本さんという女子生徒。
 ライバルになる事はまずないから安心して欲しいのだが。

「俺は天本だ」
「知ってるよ、何度か話題に出したじゃん」
「さすが親友だな。じゃあ、次はお前が言う番だぞ」

 い、一方的すぎる。
 このままだとしつこく尋問してくるに違いない。
 休み時間ごとにそんな拷問は味わいたくないし。
 仕方ない、適当に名前を口にして誤魔化すしかないな。
 秘密にするよう念押ししておけば問題ないから。

「誰にも言うなよ」
「おうっ、約束するぜ、お前こそ誰にも言うなよ」
「うん……僕の好きな人は……安岡さんだ」
「へぇ〜、なるほど。確かに仲が良いよな、納得、納得」
「本当に誰にも言うなよ」
「わかってるって」

 大村君は満足したかのようにアッサリと引き下がる。
 安岡さんが近くにいなくて良かった。
 いたら色々と大変なことになってそうだから。

 でも、なんか嘘ついたみたいで罪悪感があるなぁ。
 ……嫌いじゃないけどね……。
 でも、特別に好きって意識をしたこともない。
 友達感覚ってのは一番シックリ来るよね。
 そんな中途半端な気持ちで満足できるから。

 だけど、正直いうと、僕は彼女の前ではかなりドキドキしてる。
 異性と会話するのって緊張するけど、それは女子だったら誰でも同じ。
 平然と繕って会話をするクセをつけているから。
 ま、内緒にしてくれるから大丈夫だよね。

 そう思っていたのに。
 ある数日が経過したときのこと。
 昼休みとなって食事を終えた時だった。

「ねぇ、伊籐君」
「んっ? なに?」

 彼女から話しかけられた事に、
 内心で緊張しながらもポーカーフェイスに応じる。
 何か用事でもあるのだろうか?
 大抵は何かを貸して欲しいとか、次の科目が何だったとか。
 そういった些細な頼みや質問程度で終わるんだけど。
 今回のは珍しい話題振りとなっていた。

「伊籐君って好きな人っているの?」
「と、突然なにを言い出すの!? ビックリするじゃないか」
「興味あるから」
「興味って……そういう安岡さんはどうなの?」
「さぁ〜」
「さぁ〜って」
「じゃあ、私が言ったら答えてくれる?」
「ヤダ」
「なによ、減るもんじゃないしケチつけないでよ」
「別にケチつけてる訳じゃないよ」
「じゃあ言いじゃない。言ってよ」

 正直とても驚いている。
 前触れもなく安岡さんがそんな話題を出してくるなんて。
 何が彼女をそうさせるのだろう?
 とにかく、今は目先の問いかけを何とかしなければならない。

「言うもなにも好きな人なんていないって」
「嘘ついたらダメよ」
「本当だよ、信じてくれよ」

 実際に好きな人なんていない。
 まさか、適当に名前いったアレが噂になってるとか?
 だとしたら大村君が喋ったってことか?
 いや、それはないと思う。
 本当に喋ったんだったら安岡さんがこんな事言わないだろう。
 名前がちゃんと出てしまうわけだから。

「信じない。伊藤君、本当はいるんでしょ?」
「そういう安岡さんはどうなの?人に訊くんだったらやっぱり先に言うべきじゃない?」
「女の子の口からこういう事いわせないの!!」
「それズルイ。男だってそういう事いわないだろ、普通」
「いいの!! とにかく興味あるから聞きたいの!!」
「興味あるからってそんな無茶な……」

 僕の知り合いって、何でこんな一方的なタイプが多いかな?
 そういう運命だと割り切るしかないのだろう。
 苦笑した所で、向こうは引き下がってくれない。

「ねぇねぇ、同じクラスの子なの?」
「わぁ〜、しつこいな、ほらっ昼休みが終わるよ」
「じゃあ次の休み時間にも聞くから」
「勘弁してくれよぉ〜」
「だったら早く言ってよ、男らしくないわよ」
「らしくなくていいから勘弁して」
「だぁ〜め!! 私は知りたいから!!」
「なんでぇ!?」
「知りたいから知りたいの!! それだけ!!」

 あまり騒ぐものだからクラスの皆が見てる。
 これじゃあ注目の的だよ。
 安岡さんはこの状況を恥かしいって思わないのかな?
 とにかく何とかしないと。
 でも、あの様子だと言わないと永遠に続きそうだし。
 それは流石にやめてほしい。

「じゃあ、ヒントだけ言うから」
「うん、じゃあ言って」
「同じクラスにいるよ」
「……私の知ってる子?」
「さぁ〜どうだろう、知ってるって言うかは微妙」
「なんで?」
「とにかくヒント終わり、ほらっチャイム鳴ったし」
「むぅ〜、ヒントじゃないよ、今のは。とにかくまた後で聞くから」
「ちょっと、それ約束が違う」
「約束してないし」

 授業まで猶予は貰えたものの、次の休み時間には安岡さんの尋問が始まる。
 これだったら友達の大村君と良い勝負だよ。
 しつこいという点では大村君より上かもしれない。
 でも何でそんなにしつこいのか?

「とにかく言わないといったら言わない」
「誰にも言わないから教えて」
「……おっ、そろそろ体育の授業だな」
「あ、ちょっと待ちなさいよ」

 逃げるように僕はその場を後にする。
 だが、それは一時の逃げでしかなかった。
 放課後になっても尋問が続いてしまう。
 彼女はストレートに言えない僕を察して、間接的なヒント形式で質問を投げかけてくる。
 そのたびに僕はある意識に戸惑いを持ち始めた。

 何か変だな……好きな人いないと思ってたのに……。
 ドンドン安岡さんを意識しちゃってる。
 知らない内に本当に好きになってきてるのかな?
 そんな馬鹿な……仮にそうだとしても、目の前に質問されてる人に好きって言える訳ないじゃん。

 段々と本当に安岡さんの事が好きになっていく。
 最初は適当で友達感覚だったハズだったのに。
 こういうのって突然に来るものなのだろうか?
 わからないけど、確かに彼女を女の子として意識している。
 何度も質問されて話しかけられて。
 彼女の魅力に惹かれているような気になっている。
 だからこそ言えない。
 上手くいえないけど、関係が変わってしまうのが怖いから。
 また自分の気持ちに自信がないから。

「ねぇ、一体だれが好きなの?」
「……やっぱ、恥かしくて言えないってば」
「……じゃあ、イニシャルでいいから教えて」

 ドンドン根負けしていった僕。
 誘導尋問にかかってしまって何度かヒントを出してしまう。
 そして、最後のヒントだと念押しをしてから答える。
 イニシャルは名字:Y 名前:Hと示した。
 すると……。

「ありがとう」

 この上ない満面な笑顔で大人しく引き下がってくれた。
 もしかしたらバレてしまったのかもしれない。
 このイニシャルで当てはまるのは彼女しかいないから。
 内心でしまったと思ったけど、
 同時にどこかサッパリしたような気持ちにもなった。

「ううっ……」

 あれから気恥ずかしくなってドキドキが止まらない。
 安岡さんの様子ばかりが気になって仕方がない。
 気付けば彼女を見つけてる事も多くなってしまった。
 何度、目が合いそうになって視線を逸らしたことか。
 あれから安岡さんの様子が変わった。
 女子生徒グループの中で雑談を交わしてる最中に、
 僕に向かって投げキッスをかましてきたのだ。

「はうっ……」

 俯いてしまって顔が熱くなってしまう。
 そのグループからキャーキャーと声は上がったが、
 今の僕にとっては恥ずかしくてそれ所ではなかった。

「ほらね♪」

 女子のグループ内でそんな声が聞こえた。
 その言葉を聞いた時、僕の気持ちが彼女にバレてることがわかった。
 だからってこんな事しなくても。
 グループ内で僕の気持ちはバレているみたいだ。
 後々になると僕の耳の入らない程度に噂が広まったらしい。



 月日流れてバレンタインの日。
 安岡さんから10円チョコを受け取った。

「あ、ありがとう……」

 安岡さんの女子グループ内でウブとか純情という言葉が聞こえる。
 おそらく僕のことを言ってるのだろう。
 その証拠に視線がチラチラと感じてしまう。
 僕は気を紛らわすかのように次の授業の予習をすることにした。

 最初は軽い気持ちだった。
 安岡さんを好きという風に友達に伝えたこと。
 でも、安岡さんが声かけて来て、質問攻めするようになって言わされたあの日。
 気持ちがたちまち彼女の方に意識していくのがわかった。
 だけど……。
 僕は女の子を好きになるのは初めてだから。
 どうしていいのかわからない。
 だから、僕は彼女に何も出来ない。
 どのように接したらいいのかがわからないから。



 さらに月日が流れて3年生になった。
 修学旅行の日という最大イベント。
 新幹線の中で安岡さんを見かけた。
 隣には別の男子生徒と親しそうに会話している。
 彼は水谷という同じクラスメイトの好青年だ。
 僕と比べたら水谷君の方が絶対にカッコ良いと思う。
 おしゃべりも上手くて楽しそうに話してるし。

「あっ、伊藤君♪」

 手を振って笑顔で挨拶をしてくる安岡さん。
 何か自分が取り残されてるようで嫌な気持ちになってしまう。
 僕は適当に挨拶を済ませて、トイレに行くとその場を去った。



 修学旅行で割り当てられた男子部屋。
 集団グループで大体8名ほどで一部屋という区切りだ。
 ちなみに大村君は僕と同じグループに含まれている。

「いいのか?」
「なにが?」
「安岡さんの事だよ。水谷と一緒に楽しそうにしてたぞ」
「……別に……」
「あっ、そう」

 不快だ。
 彼女の笑顔にムカッと来てしまう。
 いつもならそんな事ないのに。
 それがとても不思議だった。
 なんだかんだと時間が経過して夕食タイムとなる。
 大広場の食堂で各自が自由に食事を取っていた。
 安岡さんは水谷君と一緒に楽しそうに会話している。
 まるで僕に見せ付けるかのような振る舞いだ。

「はぁ〜」

 ため息をついてしまう僕。
 気分的に辛くなってきたので、
 適当に食事を切り上げて部屋へ戻る。
 その時、僕は気付かなかった。
 僕の背中をジーと見つめていた安岡さんの視線を。



 次の日の朝食。
 僕は我慢ができず、安岡さんの近くに座って食事を取る。
 すると安岡さんが笑顔で挨拶を仕掛けてきた。
 その近くには水谷君も座っているので、なんか無性にムカムカしてくるのが情けない。

「おはよう、伊藤君」
「おはよう」
「おはようございます」

 水谷君は礼儀正しくて僕でも好感の持てる人だ。
 同年代とは思えないぐらいに大人っぽい。
 敵わないな、どうしても……無理もないかな。
 僕は苦笑しながら食事して二人の会話に聞き耳を立てた。

「水谷君って好きな人いるの?」
「そうだね……安岡さんがいいかな」
「そう……あ、ありがとう」

 照れくさそうにしてる安岡さんがムッと来る。
 僕は食べる事に専念しようとすると、
 安岡さんが笑顔でこっちに話しを振ってきた。

「伊藤君、さっきから大人しいね」
「別に。腹が減ってるから」
「その割には機嫌が悪いみたいだよ」
「ほっといてくれ。僕は水谷君みたいにはなれないから」
「安岡さんとは友達だと思ってるけど、キミが思ってるような感じじゃないよ」
「はっ?」

 水谷君が僕の肩に手をかけた。
 既にわかってますって顔をしている。

「好きな人にはちゃんと言葉と態度で示さないといけないよ」
「うんうん」
「えっと……どういうこと?」
「いやな、キミが彼女に対して何もしてないって事だからさ。安岡さん、不安になって相談を受けたんだよ」
「ちょっと、水谷君……余計な事いわないで」
「あ、えっと……」
「こっちは楽しいから別に構わないけどね」

 水谷君の発言で僕の気持ちが悶々してきた。
 我慢できず食事を終えた僕は安岡さんを引っ張る。

「な、なによ、引っ張らないで」
「いいから」

 僕は半ば強引に安岡さんを引っ張り出した。
 人気のない階段付近の通路まで誘導していく。

「あのさ……」
「なによ、手、痛いんだけど」
「あ、ごめん」

 手を離しながら勢いに任せた事を僕は悔やむ。
 機嫌を悪くしてるだろうなと思って視線を向けた。

「あんな風に見せ付けなくてもいいじゃない」
「なんのこと?」
「仲良いのはわかるし楽しそうだったから」
「だから、なんの事なの? ハッキリ言いなさいよ」
「水谷君のことだよ、彼のこと好きなの?」
「もし、そうだったら、伊藤君はどうするの?」

 どうするって言われても……。
 僕にどうしろって言うのさ。
 そう思いながらも僕の中から出た返答は……。

「……困る」
「んっ?」
「勝てないもん……どう見ても……だから、困る」
「何で勝ち負けになるの? そんなの違うでしょう」
「……」
「ねぇ、私のこと……好き?」
「……うん」
「ちゃんと私の目を見て言って」
「す、好きだ」

 真剣な眼差しで好きな人を見つける僕。
 こんなに真面目になったのは生まれて初めてかもしれない。
 安岡さんでないと僕はダメなんだ。必要なんだ。
 だから、後悔したくないんだ。
 顔が熱くて胸がドキドキと破裂しそうだけど。

「今度は、ちゃんと私のこと……大切にして」
「うん……」

 その後、僕は積極的に安岡さんと接するようになった。
 ちゃんと好きって言葉を口にして、手を繋いだり頬に口付けしたり、態度でも示したり。
 まだまだ不安定な心を抱いているけど、安岡さんと一緒にいたいって気持ちは変わらない。
 何事も行動しなければ始まらないのだ。
 恋愛に限らず僕はそれを大切な教訓として受け止めた。


END


<あとがき>

こんにちは、都波 心流です。

何気ない事から大きな進歩へと繋がる出来事。
それは恋愛に限ることではない。
さらなる進展をするためには行動を起こすことが大切である。
そういった意味合いを含めて執筆してみました^^
内容はシンプルで簡潔っぽい気がしますけどね。
そんなに長くもないし……なんか安直っぽいかも(汗

では、また。(^^/



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