やり直し

作者:h-yama

「相沢、お前また断ったんだってな?」
「別にいいだろ?どうするか決めるのは俺なんだから」
とある会社でのある日の昼休み。友人が話しかけてきた。
「だけどさぁ、もったいなさ過ぎだぜ。この間紹介してやった人、金持ち令嬢だってのにさ」
「そんなこと、俺には関係ない」
俺の名は相沢 流(あいざわ ながれ)。3年ほど前に高校を出てから家の近くにある事務関係の会社で社員として働いている。
友人は高校のときから一緒で、高校のときに俺が受けた心の傷を察していろんな女性を紹介してくる。
俺が高校のときに受けた傷、そして断り続けている理由は…。

友人は去年結婚して、もうじき子供が生まれるらしい。子供ができたことを知ったときのあいつの喜びようは幸せでいっぱいといった感じだった。
過去のことを未だに引きずっている俺は、友人が紹介してくれた女性達に全てを話してみんな振った。

この日は特に何事もなく終わった。
だが、半年ほど前から家に着く少し前になると、誰かの視線を感じるようになった。
ストーカーかと思ったりもしたが、やりたければやれといった感じで放っておいた。

数日後の日曜日。両親が俺にお見合いの話を持ちかけてきた。
俺はする気がないことをきっぱり言ったが、両親は強引にお見合いの会場に連れて行った。
両親は以前から「早く孫の顔を見せろ」とうるさい。
仕方なく、俺はただ黙って聞くだけだった。

そして、強引に連れられながら会場に着き、席に座って俯いてしばらくすると、相手側の人たちが入ってきた。
適当に挨拶し、色々な話が始まった。
相手は以前に友人が紹介した人と同じぐらいの財閥の令嬢らしい。
清楚で気品があったが、俺は一目見ただけでそれ以降は眼を合わせないようにした。が…。
「ところで、流さんは…休みの日は、何をしてますか?」
「…寝てます…無趣味ですので」
相手の女性が聞いてきたが、俺は俯いたまま応えた。
両親は一瞬顔をしかめたが、作り笑いをして適当な口実を作って誤魔化した。

この後は色々話したが、俺は何も言わずに黙っていた。
最後のほうになって、相手の女性と二人きりになり、そのときに俺はこのお見合いをなかったことにさせてもらった。

この日はこれで終わった。

だが、次の日に仕事から帰ると、両親が昨日お見合いした人と俺の結婚式の段取りをしていた。
詳しく聞くと、お見合いが終わったあとで両親だけで会っており、うまく話を合わせてついには婚約をさせたらしい。
俺はこれを聞いて怒りを炸裂させずにいられなかった。親が親なら自分も自分と言い聞かせて俺はある行動に出た。

2日後。俺は休暇を取ってお見合い相手の家に一人で行った。このことを両親は知らない。
「はい、どちら様でしょうか?」
インターホンと鳴らすと、先日のお見合いで一緒だった人の声が聞こえた。
「先日お見合いした相沢です。お話したいことがあって一人で来ました」
そう言うと、出入り口の門が開き、執事と思われる人がやってきて案内された。

俺は客間に案内され、そこでじっと待っていた。
しばらくして、お見合いの席で一緒だった人たちが入ってきた。そのなかに娘はいなかった。
色々と挨拶を済ませて本題に入った。
「お見合いの後、うちの両親とあなた方とで俺とお嬢さんの婚約を決めたそうですが、それをお断りさせていただきます」
これを聞いて相手の両親は驚いた。
「本人の意思を無視して勝手なことをされては困ります。それにあのお見合いの席で、俺は断りの意思をお嬢さんに伝えたはずです」
「し、しかしだね…娘を嫁にもらってくれれば、君にうちの会社で働いてもらって、将来は跡を継いでもらうことも出来るのだよ。これほどのチャンスはないと思うのだがね」
「そんなこと、俺には関係ありません。第一、高校時代に付き合ってた彼女のことが忘れられないのに、他の人と一緒になることなんてできません」
父親は少し引き気味になりながら俺を説得しようとしたが、俺は自分の意思を貫き通した。
「彼女のことが忘れられない?」
「かつて俺には、付き合ってた彼女がいました。ですが、ある男に取られて…」
そう、高校のとき、俺には付き合っていた彼女がいたのだが、ある男に取られてしまった。
その男は大企業の社長の息子で、将来は会社を継ぐことが決まっていた。
そんな男の前に、俺は彼女を取り戻そうと色々動いたが、全く歯が立たず、身を引くしか出来なかった。
俺は今に至るまで彼女のことが忘れられず、これが原因で21になった今も独り身で彼女もいない。
「どうしても彼女のことが浮かんでしまって…こんな気持ちでいる俺と一緒になったところで、自分のことは見てないんだって辛い思いをするだけです。それに俺もそういうのは嫌ですから」
俺は一方的に断りの意思を貫き通して婚約は破局になった。

家に帰ると、両親が難しい顔をしていた。
おそらく、さっきまでのことが耳に入ったのだろう。
「相手側から電話が来たぞ。勝手に婚約を取り消したんだってな。一体いつになったら孫の顔を見せてくれるんだ!?」
「そんなの関係ないだろ!それに勝手といえば、そっちだって俺が断ったにも関わらず、勝手に結婚の話にまで持ち込んでたじゃないか!」
親父の怒鳴りに対して俺は冷静に反論する。
「関係なくないわよ!あんたいつまで独り身でいる気なの!?」
「彼女のことが吹っ切れるまで」
母親も怒ってきたが、同じように冷静に反論した。だが…。
「それっていつのことだ!?」
「さぁね。吹っ切れない限り、俺はこのままでいるつもりだ」
これを聞いて親父は俺を殴った。
「殴ったところで何も変わらないさ。それに彼女のことを引きずってる間は、他の誰とも一緒になることなんて出来ない!」
痛む頬を押さえながら言ったが、両親は色々言ってきた。

こんなことがあってから、両親とは一言も口を聞くことがなくなった。

それから2・3日ほどした雨の日。
この日も視線を感じた。
どうにも気になって感じる方向へ向かってみた。
相手は気付いてないみたいだ。
角に気配を感じる。気付かれないように近くまで行き、急に飛び出すようにしながら声をかけた。
「誰だ!?…!!」
俺は視線の正体を見て硬直してしまった。なぜなら…。
「久しぶり…だね」
「美奈…」
神崎 美奈(かんざき みな)。高校時代に付き合っていた彼女だった。
美奈は傘もささずにいたため、ずぶ濡れになっていた。
「ごめんね…リュウ」
雨でわかりにくかったが、美奈は泣いていた。
ちなみに、リュウとは俺の愛称。由来は流の別の読み方だからだ。そして、俺をリュウと呼ぶのは美奈だけ。久しぶりに聞く声は凄く懐かしかった。
「とにかく、家に来いよ。話はそれからだ」
俺は美奈の腕を掴んで引っ張るようにして家に連れて行った。

家に入り、美奈に濡れた服を乾かすための乾燥機とシャワーを貸し、10分ほどして美奈が出てきた。
美奈はソファーに座り、俯いていた。そして、美奈の向かい側に俺が座った。
「ところで、あいつはどうしたんだ?」
「他の人と結婚した」
聞くところによると、その男には中学のときに既に結婚相手が決まっており、男はその相手と結婚し、美奈は慰謝料を請求して別れたらしい。
「リュウのところに行こうとしたけど、高校のときにあんなことがあったし、それに大企業の社長令嬢と婚約したって聞いて…でも、諦められなくて…」
「どこで聞いたかはわからないけど、耳が早い割りに肝心な部分が抜けてるな」
「え?」
美奈はやっと顔を上げて俺を見た。
「婚約は取り消した。親が勝手に婚約させたから、俺も勝手に取り消したんだ」
「そうなんだ…」
美奈の表情には少し陰りがあった。
「何かあったか?」
「リュウが婚約を取り消したからって、また付き合おうなんてムシのいいことは出来ないよね?」
これを聞いて、美奈の陰りの原因がわかった。
「いいんじゃない?」
俺ははっきりと笑顔で言った。
「え?」
「生きてる間のやり直しは、何度でも出来るだろ?本人にその気持ちがあればさ」
「いいの?あのとき、私を取り戻そうとしたリュウに、私は背を向けたまま何もしなかったんだよ?」
「あのときのことはもう気にするな。そんなことを悔やむより、先のことを考えたらどうだ?美奈、あのときのようにとは行かなくても、もう一度、彼女として付き合ってくれ」
「いいの?こんな私で本当にいいの?」
美奈は目に涙を浮かべながら聞いてきた。
俺は美奈の横に座って返事をした。
「いいさ。今日までずっと、美奈のことが忘れられなかったんだ。だってさ…俺は今でもお前のことが好きだから」
「リュウー!」
美奈は泣きながら俺に飛び込んできた。
俺の腕の中で嬉し涙を流す美奈の髪を優しく撫で、気が済むまで泣かせてやった。

しばらくして美奈は泣き止み、目は赤かったが、陰りが全くない笑顔になっていた。
高校時代にも美奈の笑顔は何度も見ていたが、今この場で美奈が見せる笑顔は今までの中で一番輝いて見えた。

この後は笑いながら色々話し、美奈は帰ることにした。
「傘持ってけよ。風引くぞ」
そう言って一本の傘を渡した。
「ありがとう。必ず返すから」
「わかった。いつでもいいから」
「うん…リュウ…」
美奈は少し顔を赤くしていた。
「ん?…!」
急に美奈が俺の唇を自分の唇で塞いだので驚いた。
しばらくして唇は離れ、美奈は上目遣いで俺を見た。
「…リュウ…好きだよ」
「俺もだ」
これを聞いて、美奈は軽く頷いて帰っていった。

3日ほどして、美奈は傘を返しに来た。
この日から、俺と美奈は再び付き合い始めた。
それも、恋人同士としてもそうだが、結婚前提としてもだ。
俺は両親に美奈のことを話し、前のことがあったためか、最初は渋っていたが、結婚前提という条件で交際を許してもらえた。
美奈は最初は焦っていたが、気を取り直して条件を承諾した。

「結婚前提とは、とんでもない条件を出してきたな」
デート中につい口にしてしまった。
「そうね。でも、リュウと一緒にいられるのなら…」
そう言って顔を少し赤くして俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
「俺もだ。たとえ、また失敗しても、もう一度やり直せばいいし…」
「やり直せばいい、か…高校のとき、私が何度も言ってたことだよね?」
「俺が何か失敗して落ち込むたびに、美奈はそう言って俺を励ましてくれた。凄く嬉しかった。おかげで立ち直って、失敗したことをみんな成功させることが出来たんだ」
「リュウ…」
「あ、そういえば、もうじき美奈の誕生日だったな?」
「うん。覚えててくれたんだ」
「覚えてたというよりは、今思い出したんだ」
これを聞いて美奈はクスッと笑う。
―――さて、誕生日を思い出したはいいが、プレゼントは何にしようか…!
色々考えてるところに、あることを思いついた。
「どうしたの?」
「おっと」
気がついたら美奈が俺の顔を覗き込んでたので少し驚いた。
「いや…美奈の誕生日に何をプレゼントしようかと思ってな…で、ふと思い付いたんだ。ちょっと来てくれ」
俺はそう言って美奈の腕を引っ張ってある場所へ行った。
そして、たどり着いたのは宝石店。その出入り口で待っててもらった。

俺一人で店に入り、あるものを買って、待っていた美奈と歩き出した。
「何を買ったの?」
「後のお楽しみだ」
今はこういうしか他になかった。もしかしたら、美奈は…。

夕方になり、俺は美奈を家に送った。
「じゃ、またな」
そう言って歩き去ろうとしたが、美奈が俺の腕を掴んで止めた。
「夕飯、家で食べていってよ。今は誰もいないから」
「そうか。んじゃぁそうする」
そんなこんなで久しぶりに美奈の家に入った。

美奈は早速晩飯の調理を始めた。
―――さて、これをどのタイミングで渡そうか…。
俺はポケットに入れてるものに触れながら考えてた。

美奈が調理を終えて出来たものが運ばれてくる、
高校のときにも何度か食べたことがあったが、そのときよりも料理の腕が上がっていた。
美奈は料理好きで家庭的な面がある。高校時代は俺のために弁当を作ってくれたこともあった。

美奈が作った料理を食べ終えて、しばらくは色々話していた。
そして、夜も遅くなったので帰ることにした。
が、ふと思った。渡すチャンスは今しかないと…。
「美奈」
「ん?どうしたの?」
「昼間、買ったものだけど…」
「そういえば、宝石店で何か買ってたね。で、何だったの?」
「これだ」
そう言いながらポケットから取り出す。
「これって、まさか…」
美奈は少し驚きながら小箱を開ける。中にはシンプルな銀一色の指輪が入っていた。
「もっと高価なものにすればよかったかもしれないけど、美奈は高価なものはあまり好まない性格だから…」
「これを、私の誕生日に?」
「最初はそうするつもりだったんだ。けど、少ししてもっと他のものを思いついてな…」
「他のものって?」
「その…美奈の誕生日になったらさ…」
俺は少し照れ気味になって頭を掻きながら言った。
「私の誕生日に?」
「その日になったら…結婚しよう…」
美奈はしばらく固まっていた。だが、目を見ると少しづつ潤んでいき、涙がたまっていった。
涙の一粒が落ちた瞬間、美奈は俺に飛び込んできた。
「…嬉しい…大好きだよ、リュウ…」
「OKの返事だって思っていいんだな?」
美奈は何も言わずに頷いた。
しばらく俺は美奈の髪を撫でていた。が…
突然クラッカーが鳴り響き、別の部屋から美奈の両親と俺の両親が出てきた。
どうやらお互いの両親の策略にはまったみたいだ。
なぜなら、少し前に俺の両親は指輪を買う金を俺に渡したからだ。
―――そういえば、昼間に入った宝石店は美奈の母親が勤めてたんだった。
完全にやられた気分だった。

数日後の美奈の誕生日。俺はとある教会にいた。
美奈との結婚式を挙げるためだ。当然、美奈も来ている。
他にも両親や親戚、そして友人たちも来ていた。
誓いを交わし、教会を後にして、家ではドンチャン騒ぎだった。
何考えてるんだ…。

翌日、みんなは当然ながら二日酔い…。
俺は呆れて何もいえなかった。

ま、いいか。美奈と再び、それも夫婦になって一緒にいるんだから。
美奈が何度でもやり直せばいいって言ってくれなかったら、こんなことはなかっただろう。

1年ほどして子供が産まれた。
俺は父親になり、美奈も母親になった。
このことを一番に喜んだのは俺の両親だった。
ずっと孫の顔が見たいと願ってたから、生まれたことを知ったときの喜びようも並ではなかった。


<あとがき>
ちょっと消化不良気味な終わらせ方をしたかもしれないです。
「生きているうちのやり直しは何度でも効く」と思いながら書いてたのは余談です。
失敗しても、またやり直せばいい。これは何事にも言えることだと思います。
過去に失敗して、やり直すどころか挫折してしまった自分が言うのもなんですが…。
短文ですが、以上です。

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