第10話
「教師の嫌がらせ。そして反撃」
次の日、いつもと何ら変わりない日常が始まる。
朝、生徒の中で知ってる者同士が顔を合わせれば挨拶し、色々な雑談をしてるうちにチャイムが鳴り、朝のHRが始まった。
「席に着け、出席とるぞ」
担任が出席簿を開きながら言う。生徒はどたばたと慌てながら席に戻った。
「輪島」
「はい」
このクラスの担任はなぜか、後ろの方から出席確認をしてる。
「(今日もあいつの落ち込んだ声を聞くことになるのか…)矢神」
沙羅は孝太郎が姿を消した初日から落ち込んだ声で返事をしていた。
担任も何とか耐えたが、それも限界になろうとしていた。だが…
「はい♪」
「お?今日は元気だな。何かいいことあったのか?」
「そのうちわかります♪」
それからしばらくして…。
「江藤」
「はい」
「海原は今日も休みと…」
欠席していることを知りながら声に出して確認するのは、帰ってきたときに飛ばさないようにとのことだろう。だが…。
「俺ならいますよ?」
「そうか。海原は出席と…ん?…う、海原!?」
担任は目を大きく開いて窓際の一番後ろの席を見ると、バンダナを巻いていない孝太郎が頭をかきながら笑っていた。生徒が一気に注目する。
気付かれなかった理由は、チャイムが鳴り終わる直前までどこかにいたからだ。
「ははは。内緒にしててすいません。実は昨日…」
そう言いながら髪をかき上げていつも付けていた青いバンダナを額の周りに巻く。
「お前、心配かけやがってこの野郎!」
瞬が駆け寄り、笑顔で孝太郎の首を腕でがっちりと固定して頭をぐりぐりした。
「いてててててて。本当に悪かったよ。でも約束どおりに帰ってきただろ?」
「もしかして、矢神が元気なのは…」
「はい♪昨日、公園でばったり会っちゃって…」
担任の質問に沙羅は満面の笑顔で答える。
そんなこんなで朝のHRは終わった。
休憩時間になり、みんなが孝太郎に駆け寄って騒ぎ出す中、沙羅が授業の内容を話した。
「今日の最初の授業を担当する名倉先生は嫌がらせをすることで有名な先生よ。内容は自分の今までの履歴について先生が質問することに答えなければいけないわ。孝太郎君にとって不利な内容よ。大丈夫?」
「ある程度は沙羅から聞いてる。あとは適当に誤魔化せばいいだろ」
予想外な返事に沙羅はちょっと首を傾げたが、孝太郎らしいと思ったのか、クスッと笑った。
―――あのことは授業で話せばいいな
そして授業が始まった。
「えーと。前回言ったように、今日はみんなの今までの履歴について、私が質問してそれに答えてもらう。残りは海原、お前一人だ。記憶喪失だからって逃げるなよ?誤魔化したりしたら赤点にするからな」
「わかりました」
名倉の脅しに孝太郎は顔色一つ変えずに返事した。
―――自身満々だな。ちょっと予想外だったが、まぁいいだろう。
「注意として言っておくが、誰も助言しないように。やったらそいつも赤点だからな」
生徒が一気にヤジを飛ばした。それを名倉が黙らせる。
孝太郎は立ち上がり、顔色一つ変えずに教壇の方へ行った。
「俺のことなら心配しなくていい。なぜなら、名倉先生は真っ向勝負に弱いからな」
生徒はこれを聞いて驚く。当然、名倉もだ。
―――な、なぜそれを!?
「ど、どうかな?ほとんどの記憶を失ってるお前に私との真っ向勝負はできない。どうするつもりだ?」
名倉は最初は上ずったが、すぐに平静さを取り戻した。
「それは、先生の質問の内容次第です」
孝太郎は顔色一つ変えずに言い、話し始めた。
「まず質問する前に、俺の履歴には幼馴染であり、従兄妹でもある未柚のほかに瞬、沙羅、李香が同級生にいることを覚えておいてください」
名前を言われた4人は驚きの表情になる。
そして名倉は孝太郎に自分の過去について色々質問した。
(長くなりますので内容についてはこちらをご覧ください)
そして、孝太郎への質問が終わり、席に戻った。
「やってくれたな…」
このときの名倉からは邪気がかけらも感じられなかった。
「これに懲りてもう嫌がらせはしないことですね。“人を呪わば穴二つ”とも言いますし…」
それからしばらくは休憩時間になり、生徒は色々雑談を交わして授業が終わった。
休み時間にはみんなが騒ぎ出した。しかも孝太郎と沙羅がクラス公認のカップルにまくしたてられてしまったのだ。
―――おいおい、まだどうするとも決まってないだろ?沙羅は嫌じゃないみたいだけど…。
次の授業は担任の担当する授業だ。だが、孝太郎の記憶が戻っていることを知ると、担任までもがはしゃぎだした。
―――まるで子供みたいだな…。
そして、あっという間に放課後になった。
屋上には落下防止用の金網越しに景色を見ている一組の男女がいた。孝太郎と沙羅である。
「どうして、昨日言わなかったの?」
沙羅は質問したが、その口調は優しく、表情も微笑んでいた。
「言おうとはしたけど、沙羅にしか話さないのはみんなに悪いような気がしてな…それに言おうとしたら、沙羅のキスで忘れてしまったし」
それを聞いて沙羅の顔が赤くなる。その照れ隠しにか、孝太郎を引き寄せて抱きしめた。
「馬鹿…でも、必ず帰ってくるって約束したのにね。私は信じて待つことにしたのにね…」
孝太郎の肩に何かがぽたぽたと落ちた。何かと思って見ようとしたとき、後頭部を手で押さえられ、肩に押し付けられて見る事ができなかった。
「今は見ないで…お願いだから。少し早いけど、約束どおりに帰ってきてくれたことが嬉しくて…」
涙声になっていることを知って肩にかかったのが涙だと知る。孝太郎は沙羅の腰に両腕を回して顔を肩にうずめて目を閉じた。
「俺も、もう少しこのままでいたい。母親の腕の中にいた記憶がないから…すごく暖かい」
それを聞いて沙羅は孝太郎の髪を優しく撫でる。孝太郎はじっとして動かなかった。
沙羅はふと思い出して体を少し離したが、両手は孝太郎の両肩に触れている。
「孝太郎君のお父さん、探す時には私も手伝ってあげるから」
と落ち着いたような声だったが、
「…それは、もういい…」
と孝太郎は少し俯き加減で首を小さく横にふりながら言った。
「どうして?記憶が戻ったことを報告しなきゃ。それにお父さんを探してたじゃない?」
沙羅の言うとおりだったが、孝太郎は見上げて少し悲しげな表情になって言った。
「名倉先生は聞かなかったから俺も言わなかったけど…親父…死んだんだ」
沙羅は驚く。孝太郎は記憶が戻ったことに気付いた時、半年ほど前に40代ぐらいで顔立ちが孝太郎によく似ている男が担ぎ込まれたことを担当の医師が話した。
まさかと思い、案内してもらうと、霊安室には何も言わずに眠ったまま、少しも動かない孝太郎の父親がいた。
「行き倒れだったらしい。だけど、記憶喪失になってた俺にはショックを与えないようにと黙ってたそうだ。親父は意識が戻らないまま、息を引き取ったのは先週だとか…」
しばらく二人は黙り込む。
孝太郎は力が抜けたようにとすっと沙羅に倒れこむ。沙羅は一瞬驚きながらも腕を回して何とか支えた。
「結局、俺にとって親ってどういう存在だったんだろ…今日まで親の愛情を知らずに生きてきて、そのまま両親に死なれて…3年前、喧嘩することはわかってても、一目でいいから親父に会っておくんだった」
孝太郎は再び沙羅の腰の周りに両腕を巻きつけ、顔を肩にうずめてすすり泣いた。
初めてだった。孝太郎が人前で泣いたのは…。そして、自分の一番弱い部分を見せたのも…。
沙羅は微笑みながら自分の腕の中で涙を流す孝太郎の背中にそっと手を回し、髪を優しく撫でた。
「過ぎ去った過去は戻ってこないわ。人はそれを知ってるから前を見て生きていくんじゃないの?」
孝太郎は何も言わずに頷く。
「私は、孝太郎君のお母さんの代わりにはなれないけど、できる限り力になってあげるから」
―――どこまでできるかわからないけど、これが私の本当の気持ち…。
「…沙羅…ありがとう…」
孝太郎はそう言いながら沙羅の腰にまわしていた腕に少し力を入れる。
しばらくして、沙羅は孝太郎の顔を手で上げさせ、目にたまっている涙を指でふき取ると、腕を首の周りに回して孝太郎の頭をしっかり固定し、目を閉じて自分の唇を孝太郎の唇に重ね合わせた。孝太郎は一瞬戸惑ったが、やがて沙羅の想いに答えるように目を閉じた。
しばらくして二人は学校を後にし、腕を組み、色々話しながら家路に向けて歩いていった。
その姿をもう一組の男女がこっそり見ていた。
「孝ちゃんの横には沙羅ちゃんじゃなきゃ駄目みたいね」
「そうだな。あいつがあんなに素直になるなんて初めてだ」
未柚の話に瞬が合わせる。
「前に会長と沙羅ちゃんが一緒に歩いてるところを見たことがあったわ。凄く絵になってたけど、ちょっと奇妙だったね」
未柚がばつが悪そうに言う。
「やっぱり沙羅さんの隣は孝太郎が一番か…」
「そうだねぇ。沙羅ちゃん、自分らしくしてる時が一番輝いてるんだから」
「そばにいるだけで沙羅さんを自分らしくしてしまう。あいつのもう一つの才能かもな」
しばらくの間、瞬と未柚は孝太郎と沙羅が仲良く歩いているのを見ながら微笑んでいた。
<あとがき>
記憶を取り戻し、教師の嫌がらせを跳ね除けた孝太郎。
その孝太郎に気持ちを打ち明けた沙羅。
後ほど、意外な真実が…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。